6月 142010
 

[韓国市民社会の動向]

6月2日韓国の統一地方選挙について

6月2日、韓国では統一地方選挙が行われました。
今年は、4年に一度の韓国の統一地方選挙の年で、広域(ソウルなど7大都市と 9道)と基礎(全国230の自治区、市、郡)の首長と議員の選挙が一斉に実施されました。

 今回行われた韓国の統一地方選挙について、その動向を説明したいと思います。

1.今回の争点だったのは

 韓国の地方選挙は、韓国では全国同時地方選挙と呼ばれ、広域(ソウルなど7大都市と9道)と基礎(全国230の自治区、市、郡)の首長と議員が一斉に実施される文字通りの統一選挙でした。
 選挙投票日の6月2日、有権者(19歳以上の男女。永住権を得て3年以上経った外国人1万1680人も含まれる)は、広域と基礎それぞれの団体長、議会議員、比例代表の各3票、さらに今回はこれに加え、市・道の教育委員会の教育監と教育議員の2票と、実に8つの票を1日で投じることになりました*。

 選挙の前、韓国は与党のハンナラ党と、野党の民主党の二大政党が大きな勢力となっていましたが、基礎議会選挙でも2006年の統一選挙以来政党公認が導入され、韓国の地方選挙は中央政治と直結した政党選挙としての色彩をますます強めています。
 3月の予備候補者**登録、さらに5月18~19日の候補者登録を経て公式の選挙戦に突入するのは5月20日からでしたが、3月からすでに選挙戦は各地で熱を帯びていました。

 済州道では、かつてセクハラで起訴された経歴をもつ禹瑾敏(ウ・グンミン)元知事を民主党が復党させ知事候補として擁立しようとしましたが、これに市民団体の反発が強まり、すでに民主党の予備候補登録をしていた、元ハンギョレ新聞社長の高喜範(コ・ヒボム)候補が抗議の断食闘争を繰り広げるという騒ぎとなりました。

 金文洙(キム・ムンス)ハンナラ党知事の再選が有力視されている京畿道では、盧武鉉の懐刀と言われ、1月、新たに国民参与党を結党した柳時敏(ユ・シミン)元保健福祉部長官が出馬を表明し、野党候補の一本化をめぐって民主党との論戦が続きました。

 いうまでもなく、李明博政権の中間評価の意味合をもち、市民社会の自律的な営みを白眼視するような最近の政策基調を逆転させるうえでも重要な選挙でした。ひいては、韓国の住民自治や市民社会の成熟度を占ううえでも一つの試金石となる選挙でもありました。

*教育監と教育議員の公選は、教育自治を掲げる盧武鉉政権下で2006年に導入されたが、教育議員については今回の一度限りで廃止が決まっている。
**現役候補との不平等を是正するために、公式選挙戦の開始前に予備登録した新人候補に限られた範囲での選挙運動を許す制度で2004年の法改正によって導入された。

※大韓民国の地方行政区画、前回06年の全国同時地方選挙の結果についてはwikipediaの記述も、参考にして下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/大韓民国の地方行政区画
http://ja.wikipedia.org/wiki/第4回全国同時地方選挙 (韓国)

2.制度について

 軍事政権の下で久しく停止されていた韓国の地方自治が復活するのは、87年の民主化以後に実現した地方自治法の全面改正(88年)によるものです。この新しい地方自治法に基づいて91年、30年ぶりに地方議会選挙が、そして95年には首長選挙と議会選挙が同時に実施されました。その後、首長・議会の全国同時選挙が、98年、2002年、2006年と実施され、今回は5回目を数えることになりました。

 こうして復活した韓国の地方自治は、広域・基礎の二層構造、首長・議会の二元対立型、地方税収の貧弱さと地方交付税制度など日本の地方自治と多くの点で類似しています。日本の都道府県にあたる広域自治体は、ソウル特別市と釜山、仁川、光州、大田、大邱、蔚山6つの広域市、さらに一千万人をこえる人口をもつ京畿道から50万人余りの済州道までの9つの道からなります。

 広域市は地図で示したように道の中に位置しますが、道とまったく同格の独立した広域自治体を構成している点、日本の政令市とは異なっています。下表のように広域自治体のもとには、自治区、市、郡からなる基礎自治体がおかれていますが、済州道についてだけは2006年の法改正によって外交・軍事・司法を除く分野で広範囲の自治権が付与される特別自治道となって基礎自治体のない一元構造となっています。

韓国の地方自治団体(カッコ内は団体数)

地方自治が復活したとはいえ、中央集権の伝統の根強い韓国で地方自治体は中央の出先機関としての性格を色濃く残していました。しかし、2000年代、とりわけ国家均衡発展を掲げる盧武鉉政権(2003~07年)が地方財政改革や機関委任事務の地方への移転、無償であった地方議員の有給化など地方分権改革をすすめました。さらに、これまで中央突破型の異議申し立てやオルタナティブの提起に止まりがちであった韓国の市民運動団体も、各地で草の根の地域づくりに取り組み始め、市民・住民運動出身の地方議員も数多く生まれました。
 
 ところが、皮肉にも盧武鉉政権の分権改革の真価が問われた前回(2006年)の統一地方選挙では、進歩派の与党勢力は、民主党とウリ党への党の分裂も祟って歴史的ともいえる惨敗*を喫しました。進歩派や市民派勢力への逆風は、その後の大統領選挙(2007年)や国会議員選挙(2008年)でもつづいていて、そうした流れを逆転させることが出来るのかどうかが、今回の統一地方選挙の一つの見所だといえます。

*保守野党のハンナラ党が広域首長16人のうち12人、基礎首長230人のうち155人、広域議員655人のうちの519人、基礎議員2888人のうちの1623人を当選させています

3.選挙直前の様子

 ハンナラ、民主など与野の各党は、4月~5月にかけての党内調整や政党間の交渉、あるいは予備選挙を通して公認候補を確定し、5月20日を期して正式の選挙戦に突入しました。
 
 ところが、まさにその20日、海軍哨戒艇が沈没して46人もの犠牲者を出した惨事の原因を調査していた軍民合同調査団が、「北朝鮮軍の仕業以外にはありえない」との調査結果を発表しました。これに対して野党や市民運動団体は、南北関係の緊張(北風)を煽って選挙を有利に運ぼうとする「常套手段」だと一斉に反発しました。選挙の前、野党や市民団体の調査結果自体についての評価は、おおむね、「いちおう尊重せざるをえない」(『京郷新聞』5月20日社説)が、「この程度の証拠で北の仕業と断定することはできない」(『ハンギョレ』5月20日社説)ということ、さらに調査経緯や資料の公開や国政監査の要求に加えて、民主党は、哨戒艦への攻撃を許した安保体制の綻びや李明博政権の責任を集中的に攻撃しました。

 哨戒艦事件をめぐって深まる南北関係や国政レベルの対決が否応なしに選挙の動向を支配するなかで、有権者の関心もソウル、仁川、京畿道などのマンモス選挙区の首長選挙に注がれました。ソウルでは、呉世勳(オ・セフン)現ソウル市長(ハンナラ党)に対して、収賄容疑の公判で無罪の一審判決を得た韓明淑(ハン・ミョンスク)元国務総理が民主党の予備選挙で勝ち民主党候補として確定しました。両者の対決については、2012年大統領選挙の前哨戦となるとの見方さえありました。ソウルを超える人口を抱える京畿道では、上記で紹介した柳時敏(ユ・シミン)候補が、民主・国民参与両党の統一候補となり、現役の金文洙(キンムンス)候補に挑みました。

 さらに野党候補統一(汎野圏単一候補)が実現した仁川の宋永吉(ソン・ヨンギル)野党候補対ハンナラ党・安相洙(アン・サンス)候補、慶尚南道の金斗官(キム・ドゥグァン)野党候補対李達坤(イ・ダルゴン)ハンナラ党候補の対決も注目されました。

 各地の市民運動団体も、早くから選挙に向けて活発に取り組みました。

 3月23日、参与連帯や環境運動連合など韓国を代表する全国の340余り市民運動団体によって「2010有権者希望連帯」(希望連帯)が結成されました。「民主主義の正常化」「地方自治革新」「住民生活の質の向上」を活動目標に、朴元淳希望製作所常任理事も11人の共同代表の一人に名を連ねていました。希望連帯は、5月2日、ソウルを初め40カ所余りで、「コーヒー党Coffee Party」の創党式を開きました。「コーヒー党」とは、10人ほどの有権者が集まってコーヒーを飲みながら選挙について自由に議論する集いで米国での取り組みに習ったものです。ソウルの創党式では、「熟慮する有権者の愉快な政治おしゃべり」というスローガンのもとになど100人余りが集まりました。

 一方、5月23日は盧武鉉前大統領逝去一周忌で、野党や市民団体は、盧武鉉前大統領の故郷(慶尚南道金海)を初め各地で追悼集会を開きました。ソウル市庁前広場には5万人の市民が集結し、アン・チファンを始めとした歌手や文化人が集まって追悼集会を行っている釜山と中継で結ばれ、盧武鉉前大統領の死を悼むとともに、民主主義を守っていこうという意思を共有する場になりました。

ソウル市庁前広場では「投票が権力にうち勝つ」というスローガンのもと、「韓半島平和のための10日間行動」が宣言されました。KBSでの演説会を終えて会場に駆けつけた韓明淑元国務総理は、演説したのち、徹夜の座り込みに入るとの決意を表明しました。

そして、集会の最後の演説に登場した朴元淳常任理事は、時代の逆行を憂いながらも「失望と批判を越えて、肯定と実践の広場進み出よう」と強く聴衆に訴えました。

こうした盧武鉉追悼に発する進歩勢力への追い風、つまり盧風(ノプン)が哨戒艦事件に発する北風を圧倒できるのかということも今回の選挙の注目になりました。

4.結果と分析

 6月2日、2月の予備候補登録の頃からすると100日余りに及ぶ選挙戦を終えてついに投票の日を迎えました。
 その結果は、事前の世論調査などによる予想を覆して、与党・ハンナラ党の敗北、民主党など野党勢力の大勝利に終わりました。

 今回の選挙において大きな注目を集めたソウル特別市の市長選は、政権党であるハンナラ党の呉世勲現ソウル市長候補と、野党の民主党の韓明淑元国務総理のデッドヒートが繰り広げられ、開票率99%を越えても結果が出ず、即日開票で翌朝まで分からないという状況でした。

 重要度の高い広域自治体首長選挙では、16の選挙区のうち、ハンナラ党が6人、民主党が7人、諸派・無所属3人という結果になるなど、全体では民主党が善戦し、今後の政局に大きな影響を与えそうです。

      ・ソウル市長:呉世勲(オ・セフン)〔ハンナラ党 、再選〕
      ・釜山市長 :許南植(ホ・ナムシク)〔ハンナラ党、再選〕
      ・仁川市長 :宋栄吉(ソン・ヨンギル)〔民主党〕
      ・大邱市長 :金範鎰(キム・ボムイル)〔ハンナラ党〕
      ・大田市長:廉弘喆(ヨム・ホンチョル)〔自由先進党〕
      ・光州市長 :姜雲太(カン・ウンテ)〔民主党〕
      ・蔚山市長: 朴孟雨(パク・メンウ)〔ハンナラ党、再選〕
      ・京畿道知事:金文洙(キム・ムンス)〔ハンナラ党、再選〕
      ・慶尚南道知事:金斗官〈キム・ドゥグァン〉〔無所属:野党統一候補〕
      ・慶尚北道知事:金寬容(キム・グァンヨン)〔ハンナラ党、再選〕
      ・忠清北道知事:李始鐘(イ・シジョン)〔民主党〕
      ・忠清南道知事:安熙正(アン・ヒジョン)〔民主党〕
      ・江原道知事:李光宰(イ・グァンジェ)〔民主党〕
      ・全羅南道知事:朴晙瑩)(パク・チュニョン)〔民主党、再選〕
      ・全羅北道知事:金完柱(キム・ワンジュ)〔民主党、再選〕
      ・済州道:禹瑾敏(ウ・グンミン)〔無所属〕

 選挙結果について、首長選、広域自治体、基礎自治体の別に情勢の概要を、まとめました。

 その上で、民主党の勝因を分析しています。そこでは、
・「天安艦沈没事件の調査結果」の発表から対北朝鮮安保に対する不安心理をかき立てるハンナラ党の「北風」に対する“盧 風”(一周忌を迎えた前大統領とへの追悼機運)の巻き返し
・Twitterなどのソーシャル・メディアによる若い世代の関心の高まり
・野党勢力の連立や統一
があるとあげています。Twitterによる若者の自発的なネットワークが選挙情勢に影響を与えている点は、とても興味深いものがあります。また、民主党が躍進しましたが、地方選挙が中央政府の動向を大きく反映する中、これからの地方自治、市民社会づくりの議論の成熟が重要だと考えています。

◆選挙結果:情勢のまとめ◆

 ハンナラ党は、広域首長選では、ソウル・京畿道の2大地区でなんとか再選を果たしたものの、保守の牙城ともいえた江原道、慶尚南道で敗れ、前回(06年)の統一地方選では16人中12人いた首長が6人と半減してしまいました。これに対して民主党は仁川を初め7人の当選、野党統一候補の慶尚南道を含めると8人の当選者を出して大躍進しました。

 しかも、地方選挙の華ともいえるソウルでも、民主党(韓明淑候補)は、敗北したとはいえ、当選した呉世勲ハンナラ党候補との票差は0.6%(2万票余り)で3%余りを獲得した進歩新党・魯會燦(ノ・ヘチャン)候補の票を合わせると、ハンナラ党は半数を下回っていました。さらに、ソウル25区の区長選挙では、富裕層の集中する江南地域を除く21区で民主党が勝利し、呉世勲市長は「江南市長」との異名を冠せられることになりました。ソウルの市議会も106議席中79議席を民主党が占める圧倒的な「与小野大」となり、再選を果たしたとはいえ呉世勲市長は、極めて難しい市政運営を迫られることになります。京畿道でも124議席中民主党など野党が82議席を得て、ここでも再選を果たし金文洙候補の前途は多難といえます。広域議会全体でも地域区でハンナラ党が議席を半減させた反面、民主・民主労働党が議席を3倍にしてほとんどの議会で過半数を制することになりました。

 基礎自治体についてもハンナラ党は、議会では三分の一減で踏みとどまったとはいえ、首長は半減と劇的な敗北を喫しました。さらに自治体選挙と同時に実施された教育監、教育議員選挙も、保守優位と見られていたソウル・京畿・江原でも進歩派統一候補が当選し、現政権の新自由主義的な教育行政に歯止めがかかること期待されます。
韓国の進歩勢力は、04年の弾劾政局*下の国会議員選挙で勝利して以来、06年統一地方選挙(連載②参照)、07年大統領選挙、そして08年国会議員選挙と敗北を重ねた末の、6年ぶりの大勝利となりました。

 選挙前の世論調査でも各地で10%前後のリードを保っていました。それだけに敗北の衝撃は大きく、直ちに鄭夢準(チョン・モンジュン)党代表や鄭正佶(チョン・ジョンギル)大統領秘書室長が辞任を表明しました。

◆民主党の勝因:ソーシャル・メディアの影響も◆

 こうしてハンナラ党が大敗北を喫した背景はさまざまに指摘されています。

 与党ハンナラ党は、5月20日の本格的な選挙運動の開始日に「天安艦沈没事件の調査結果」を発表して対北朝鮮安保に対する不安心理をかき立て(いわゆる北風)ました。“北風”に対する“盧風”(一周忌を迎えた前大統領とへの追悼機運)の巻き返しの程度が一つの見所でしたが、後者の影響が思いのほか大きく、元来、保守色のつよい慶尚南道、忠清南道、江原道で故盧武鉉氏に近い候補が当選を果たしています。

 さらに、ツイッター(利用者60万人)やスマート・フォン(同200万人)など新しい社会的ネットワーキングが、若い世代を投票所に赴かせ、進歩勢力の勝利に貢献したといえます。投票日が近づくにつれツイッターによる投票の呼びかけが増加し、投票日にはスマートフォンなどで投票所前の自身の写真をアップロードする“認証ショット”がブームとなりました。
 ツイッターで投票を訴えた心ある映画人や芸術家、芸能人も少なくありませんでした。こうした新たな選挙文化が投票率を押し上げ(54.5%、前回51.6、前前回48.9)、与野党の拮抗する各地の選挙区で野党候補の得票を嵩上げしたといえます。
 
 06年の統一地方選挙で民主・ウリ党の分裂が進歩勢力の敗因の一つとなったことから、野党勢力の連立や統一(野圏単一化)が懸案となり、3月初めの段階で、民主党・進歩新党・民主労働党・創造韓国党・国民参与党の野党5党と、「希望と代案」や「2010有権者希望連帯」(連載③参照)など4つの市民団体が選挙連合と協力について合意しました(「5+4会談」といわれました)。その後、進歩党新党が離脱するなど曲折もありましたが、選挙連合は、仁川、江原道、忠清南北道、慶尚南道をはじめ、広域・基礎の首長・議員選挙、さらに教育監選挙で威力を発揮しました。市民運動団体が主導して「市民ガバナンス委員会」をつくった高揚市(京畿道、ソウルの北に隣接し人口94万人)のように、単なる「候補単一化」のレベルを超えて「地方連立政府」の試みにまですすんだ地域も少なくありません(希望製作所のプリセンター長を務めた金達洙さんが高揚市選出の京畿道議員に当選を果たしています)。

◆選挙を踏まえ、地方自治、市民社会を深めることが重要◆

 ただし、若い世代の投票の増加が民主党の勝利に結びついたとはいえ、必ずしもこれらの有権者が民主党を支持していたとは限りません。むしろ李明博党政権の強引で権威的な政治手法に対する反発や牽制心理、あるいは有権者のバランス感覚が今回のような選挙結果を生んだというのがもっぱらの評価です。

 今回の選挙結果に示された有権者の意思は、治安・情報機関をつかった政治報復まがいの選別捜査や国政運営の強引さが目に余っていたハンナラ党政権に大きな打撃となり、冬の時代を耐え忍んでいた市民団体にとっても光明となる出来事だといえます。

 しかし、今回の選挙では、基礎自治体までも政党公認制が適用されたこともあって、各政党のキャンペーンも有権者の関心も、そしてマスコミの報道や論評も、李明博政権の中間評価といった中央政治の争点に過度に引きつけられて、肝心の住民自治や地域民主主義をめぐる政策論議がどれほど深まったのか、という点ではいまひとつ不透明な感が否めません。「地方連合政治」や「野圏単一化」をめぐって各地で地道に取り組まれた進歩政党・市民団体の政策論議が今後の自治体改革や地域創造にどれだけ活かされるのか、注目されるところです。