3月 162010
 

「韓日老人長期療養保険 法・制度の比較討論会
– 療養保護士の労働条件を中心に」に参加して

秋葉 武(立命館大学)
 
 3月16日(火)、ソウルの国会図書館・憲政記念館で、「韓日国際シンポジウム――韓日老人長期療養保険 法・制度の比較―療養保護士の労働条件を中心に」が開催された。日本からはパネリストとして私と秋野純一氏(自治労本部社会福祉評議会事務局長)が参加した。主催したのは、韓国の医療系公務員労組のシンクタンクである保健福祉資源研究院とドイツのフリードリヒ・エーベルト財団韓国事務所である。
 
 開催に至る経緯は次のようなものだ。
 
 韓国、日本、ドイツ――この3ヶ国は、高齢者福祉に「税」という財源でなく、「社会保険」を財源としたサービスを提供する国際的にもユニークな福祉国家である。世界に類をみない急速な高齢化が進む韓国でも「長期療養保険制度」という名称で2008年から介護保険がスタートした。しかし、韓国では政策の不備等もあって現場で働く労働者にしわ寄せが来ている。事態を深刻にみた保健福祉資源研究院は昨年、ドイツから関係者を招いて韓独の国際討論会を行い、現場の労働者の視点から介護保険の実施に伴う多くの課題を議論した。そして、今回は日本と課題を共有しようと考えた保健福祉資源研究院が韓日の国際討論会を企画し、日本希望製作所からアドバイスを得 ながら開催にこぎつけた。

 長期療養保険(介護保険)に関心の深い、超党派の多くの国会議員の協力もあり、さらに政府に提言を出したいという意図から、討論会は国会のスペースで開催され、国会放送(ケーブルTV)で生中継された。討論会の内容は
以下の通りである。

・討論会の内容

 討論会は、韓国側2名、日本側2名が発表を行い、その後、介護保険の現場と関係の深い全国公共サービス労組、韓国在宅老人福祉協会(社会的企業として認証された組織)、ソウル老人福祉施設協会、全国療養保護士協会、女性民友会といった各団体に加えて、(日本の厚生労働省に相当する)保健福祉家族部の長期療養保険(介護保険)担当課長もパネリストとして報告した。

 テーマとなったのは、日本をモデルとして導入された韓国の介護保険制度の運営上の課題と、現場の労働者の置かれた深刻な状況である。韓国では近年、雇用の受け皿として社会福祉分野が期待され、多くの零細事業者が参入した。しかし、事業者による介護報酬の不正受給や介護労働者の権利の侵害が跡を絶たない。また介護保険の利用者やその家族によるヘルパーへのハラスメント等、権利の侵害があり、介護労働者が「1人前」にみられるという状況にはない。
 さらに、介護労働者の教育体系の課題がある。十分な教育体系のないまま、日本のホームヘルパー、介護福祉士に相当する「療養保護士」が急増し、その数は介護保険の利用者を大幅に上回る「供給過剰」の状態に陥っており、そのことが労働条件を一層悪化させている。こうしたことから、日本が2000年の介護保険の開始後、教育の専門性を高めてきたことを評価し、参考としたい、という趣旨であった。

 一方、日本側からは、日本の介護保険制度が決して“バラ色”といえず、課題が少なくないことを示した。元来低賃金なのに加えて、社会保障費の抑制の方針から介護報酬が数年前まで一貫して下げられており、労働条件の悪化、人手不足が深刻化していることが報告された。また、近年介護労働者の処遇改善を目的として夜勤等のいわゆるきつい仕事に「加算」した報酬の支払いを開始した。しかし、この請求手続きは複雑で、記録等の事務作業が膨大となり、かえって労働者が長時間労働となるケースもみられる。現場志向の強いワーカーにとって、事務作業量の大幅な増加はストレスともなっている実態がある。さらに、研修時間の増加をはじめとした教育の専門性の向上もスムースに進んでいない。専門性に見合う労働条件からは程遠い現状では、韓国とは逆に「供給不足」となる可能性がある。

 会場には参加者として多くの介護労働者も参加しており、日本では考えられないほど活発な意見が出された。ワーカーとしての誇り、「圧倒的な現実」に対する怒りなどが感じられ、現場で積み上げてきた視点は説得力があった。その熱さをこのレポートで表現することは難しい。しかし、これらの発言が多角的な視点だったこともあって、ようやく私も韓国、そして日本の高齢者福祉の全体像とその問題点が、理解できるようになってきた。よくも悪くも「大雑把な」韓国の福祉政策。それに対して、日本のそれはあまりに「細分化され」、それ故に多くの新たな問題を生み出している。(前回の姜乃榮研究員の報告にもあったが)日韓の法律・制度は似ており、介護保険制度も同様だ。それ故に、思い込みもあって相互理解が難しい部分がある。研究者やメディア関係者間の交流だと職業柄、互いに「距離感をキープする」ので、その傾向が顕著だ。

 日本の学会やメディア上で、韓国の社会政策、福祉政策について誤って論じられているケースは少なくない。今回、現場のワーカーの切実さに触れることで、私たちが今後何に取り組んでいったらよいかのヒントを得た。来年度以降も、このような現場のニーズに裏打ちされた研究、討論会ができればと考えているし、日本と韓国、それぞれの教訓を互いに学び合いながら、よりよい社会、政策を作り上げることが重要と考えている。
 
*討論会開催に至るまで、さらに現地で、多くの方、特に保健福祉資源研究院のチェさん、日本希望製作所の桔川さんのお2人の真摯なサポートがあったおかげで、快適に過ごすことができました。本当にありがとうございました。

【当日のプログラム】

14:00 挨拶 
 ベルナー・カンペター(フリードリッヒ・エーベルト財団韓国事務所長)
 国会議員の挨拶
 シン・サンジン、チェ・ヨンヒ、カク・ジョンスク、チョ・スンス
 ペク・ドミョン(社団法人保健福祉資源研究院理事長)
 イ・サンム(全国公共サービス労働組合委員長)

14:30 シンポジウム
 司会 キム・チャヌ(カトリック大学社会福祉学科教授)
 報告1「韓国と日本の老人長期療養保険 法・制度の比較」
    イム・ジョンギ(龍仁大学校老人福祉学科教授)
 報告2「韓国老人人長期療養保険制度の現況と改善方案」
    チェ・ギョンスク(社団法人保健福祉資源研究院常任理事)
 コメント1「日本の介護保険に関する政策動向と市民社会の役割」
    秋葉武(立命館大学準教授)
 コメント2「社会福祉制度の市場化と介護労働の現況」
    秋野純一(自治労社会福祉協議会事務局長)

17:00 パネルディスカッション
 キム・ヨンソン(社会福祉家族部療養保険制度課長)
 キム・ジヨン(韓国在宅老人福祉協議会会長)
 キム・ビョンハン(ソウル老人福祉施設協会会長)
 ヒョン・ジョンヒ(全国公共サービス労働組合主席副委員長)
 キム・インスク(女性民友会代表)
 チョン・グムジャ(全国療養保護士協会会長)

17:30  総合討論

18:00  終了