6月 102011
 

福島第1原発事故以降の韓国の反原発・脱原発運動の動向を見る
ー韓国の原発推進に衝撃を与えた3・11の衝撃
川瀬俊治

3・11 韓国での反応は
3月11日の東北大地震による福島第1原発の事故はレベル7という25年前のチェルノブイリ原発事故に比せられる大事故だった。次々と明らかにされる事態は、5月半ば、国際原子力機関(IAEA)の調査団が現地に入ることが近づくと、1号機のみならず、2号機、3号機までもメルトダウンしていたことが明らかにされたし、3月12日の水素爆発後の注水作業が東電最高トップの判断に反して現場責任者が独自の判断で継続するなど指示系統がバラバラであった事実まで明らかになった。
事故発生以降、これら情報隠しや事故処理の混迷さをせっぱ詰まる思いで見続けていたのは、日本に住む人たちだけではない。日本に最も近い朝鮮半島の人たちである。放射線物質汚染の拡大と深刻化を最も影響が憂慮されることもあるが、隣人に慮ることの深さは関係の深さに比例している。3・11のとき、私は韓国にいたが、会う人ごとに、「日本はたいへんですね」「大丈夫ですか」と声をかけられた。それは見事なまでも、人々すべてがねぎらいの言葉であった。

韓国の原発の歴史-4期に分類
韓国の原発の本格的始動は、日本とよく似ている。1970年代のオイルショックの言葉が象徴的に語るようにエネルギー資源問題の打開が代替エネルギーである原発建設に進ませた。その歩みは4期に分類される。第1期(1967年~83年)は1970年代を中心とした動きで、外国の技術に依存した時期だ。第2期(1979年~89年)は80年代で技術を蓄積する時期にあたる。第3期(1987年~99年)が90年代の技術確立期であり、第4期は2000年で、先進技術が進む時期だ。改善した韓国標準型原発が開発されてきている(知識経済部『2010原子力発展白書』より)。

21基に加え7基建設、6基計画中
韓国では4ヶ所計21基が稼働しており、4期別に具体的に建設、計画中も含めあげると、第1期が釜山市機張郡の古里(コリ)原発1、2号機が建設された時代である。この古里原発が韓国で最も早く建設された原発である。1978年に稼働した。慶尚北道慶州の月城(ウォルソン)原発1号機も第1期だ。第2期は 古里原発3、4号基、全羅南道霊光郡の霊光(ヨングァン)原発1、2号機、慶尚北道蔚珍郡の蔚珍(ウルチン)原発1、2号機建設時にあたる。第3期は霊光原発3,4、5,6号機、月城原発2、3、4号機、蔚珍原発3、4、5、6号機、第4期は2011年2月末に稼働した新古里原発1号機のほか、あとは建設中、計画中を含めると、新古里原発2、3、4、5、6号機、新月城1、2号機、新蔚珍原発1、2号機がこの時期になる(原発の稼働・建設・計画をまとめると、21基の稼働に加えて、7基が建設中、6基が計画中になる)。


2030年には発電量の59パーセントを原発で

今後の原子力制作の方向付けをしたのが2008年の「第1次国家エネルギー基本計画」で、知識経済部によれば、原子力発電量の比重を現行における24パーセントから2030年は41パーセントに高め、これにより現在34パーセント水準の原子力発電量を2030年には59パーセントにする計画だ(『ハンギョレ』2011年3月28日4面)。環境運動連合が福島第1原発事故後に出した市民向けパンフ「どこでも安全な核はない」によれば2030年までの投入額40兆ウオンに及び、原発が発電量に占める率は政府発表で59パーセントだが、全エネルギー消費量の9パーセントとはじき出している(現行は6パーセント)。

世界3大原発大国が目標
エネルギー資源に乏しい韓国にとって国策で原発技術の開発が進められるわけで、2010年1月に政府が発表した「原子力発電輸出産業化戦略」によれば、2030年までには80基の原発を輸出し原発輸出で世界3大大国に連ねることを目指している。原発技術とプラントの輸出はトルコ、ヨルダン、中国、インドなどの諸国に向けて進められるという(『ハンギョレ』同日4面)。2009年末、アラブ首長国連邦(UAE)への原子力発電事業を韓国が受注したことは記憶に新しい。

<続く>