9月 012012
 

1981年、政府が国家権力をもって、全国各地の戦争孤児、もの拾い、浮浪者を集め、現在のチェゴン・マウルに強制的に集団で収容し、警察の管理監督下で労働をさせる自活勤労隊というものをつくり、労働を強制しました。1982年には2300人の規模でしたが、その後、この地域内で小さな争いが続いたため警察が対策に苦慮していました。1988年のソウルオリンピックの時に、政府は都市の美観を損ねるという理由で自活勤労隊が外に出ることを禁じ、オリンピック直後には、自活勤労隊を解散し、区画整理で何回か住所も変更されました。

2003年、江南区は自活勤労隊解散以降に移住してきた住民に対し、不法占有者であるという理由で住民登録を拒否しました。政府は不法にその土地を占有していることに対する賠償をチェゴン・マウルに要求していますが、その額は120億ウォンに達します。現在でもその攻防は続いており、チェゴン・マウルではソウル市に対して、これまでも市庁舎の前で抗議のデモを行っています。

政府は住宅貧困者への政策として古い住宅をつぶして公共賃貸アパートを建設して入居させてきましたが、20年来行われてきたこのようなやり方は間違っているとマウルの住民らは思い始めました。賃貸料が高くて負担が大きい上に、無作為に入居させられるのでこれまで築いてきた共同体がなくなり、助け合いができなくなってしまうというのがその理由です。区に促されて公共賃貸アパートに引っ越したチェゴン・マウルの住人が4-5名いましたが、結局は新しい環境になじむことができずに体を壊してしまうといった悲劇が起こりました。

2011年6月に発生した火事でチェゴン・マウルの殆どの住まいが焼失してしまいましたが、寄付など民間の支援で建築材を購入し、自分たちの手で今の住居を建て、畑で野菜を栽培しながら生活を続けています。ソウル・フェア・トラベルで我々が訪問したちょうどその日に、マウルの代表がパク・ウォンスンソウル市長と面会し、住民の合意なしに開発はしないし強制撤去はしない、という約束をとりつけてきました。土地の所有者であるソウル市の首長の心強い言葉に住民たちは喜びに包まれましたが、残念ながら安住を約束されたわけではありません。

このチェゴン・マウルをはじめとしたビニールハウスやチョッパン(どやがい)は、富裕層の地域である江南地域も数多くみられ、高層マンションの合間に点在しています。しかし、深刻な貧困問題に取り組もうという活動もあり、特にAsian Coalition for Housing Right、ASIAN BRIDGEなどでは、精力的に支援を行っています。現在は、他の低所得者層のビニールハウスやチョッパンなどの住民達とネットワークをつくりながら、ワークショップを通じて、賃貸住宅ではなく、コーポラティブハウスをつくるということを目標に、貧困からの脱出を試みようとしています。

2011.11.15 Hopemakers’ Seminar 『大都市ソウルにおける住宅の貧困問題 ― 「ソウル市都市貧民住居実態調査」を通して見えてきたソウルの現況と課題』 報告も合わせてお読みください。