10月 092012
 

パク・ウォンスン(朴元淳)ソウル市長が昨年10月に就任後、「ソンミサンのような共同体をソウルに15ヶ所つくる」という方針を打ち出しました。その施策を実行に移すべくマウル支援センターがこのほどソウル市の恩平(ウンピョン)区にオープンしました。

センターの舵取りをする社団法人マウルのユ・チャンボク代表(ソンミサン劇場代表)に、ソウル市からマウル支援センターの委託を受けることになった経緯と今後の課題と展望についてお話を伺いました。
(2012年8月26日、ソウル・フェア・トラベル‘振り返り’セッションにて)

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2012年の上半期にソウル市内のマウルの調査を1か月にわたって行いました。その結果、ソンミサン・マウルのように住民が近隣の人たちと子供を一緒に育てるとか、図書館をつくったり、食堂やカフェをやっているマウルが50以上にのぼるということがわかりました。その中でも最も規模が大きいのはソンミサンだったのですが、あるところでは図書館を中心に母親が30名余り集まって子供の世話をするところがあり、その図書館が種になってカフェも作り、多文化クラブや青年たちの居場所も作るなど、4~5つの集まりを一緒に運営していました。このようなマウルができるようになるには、通常5〜15年の過渡期があるようです。実際、ソンミサン・マウルは18年かかりました。

このようなマウルが作られるようになるまでには大きく2つの流れがあります。一つは、草の根団体が中心となって住民を組織しながら作られたもの、もう一つは、住民自らが問題を解決するために関係網を形成するようになったものです。前者の流れの歴史を見てみると、1980年代の民主化運動と関連があります。 80年代の民主化運動が1987年の直選制改憲を勝ち取ったことを通じて政治的勝利を手繰り寄せ、運動が次第に具体的な動きに変わっていきました。参与連帯や経済正義実践市民連合などは市民団体の運動です。ですから、その次の90年代後半には、草の根の活動がもっと強化されました。80年代には政権に向けた闘争だったものが、90年代には市民団体の動きになり、そして90年代後半には草の根運動でますます運動の流れが生活にかかわりはじめます。いわゆる386と呼ばれる世代がこの時代に大人に成長したのです。こうした草の根団体の主な活動の成果として、ソウルの中に50~60の大小のマウルが形成されたと見ることができます。その中で一つの軸がソンミサンの事例だといえます。特に団体を媒介にしたわけではありませんが、自分たちの生活の中で必要なことをどのように解決するかという課題があり、それを自分が住んでいる近所の人たちと一緒にやってみようか、といった気持ちとエネルギーがつながったのだと思います。ですから、今、ソウルには私達が調査した50~60よりも多くのマウルの種があるのではないかと思います。

当初、パク・ウォンスン市長がソウルにソンミサンのようなマウルを15以上作りたいと発表しましたが、すでにマウルが50-60ほど存在していました。これらのマウルがもう少し広がりをみせ、安定的な関係網(ネットワーク)が強化されることが目標でした。しかし、ここで悩みが生じました。すでにあるマウルがうまくいけばいいのですが、ここに政府が介入すると、それがマウルの助けになるのか、それとも副作用が生じてしまうのかが心配になりました。ソウル市長がマウル運動に肩入れするのを見て、私たちは 「長生きはしてみるものだ」と感じ、自分たちで市長を選べばこんなこともあるんだと、とても嬉しい気持ちになりました。その一方で、途方もない組織力をもつソウル市と、自他ともに認める推進力の持ち主であるパク・ウォンスン市長の力が結合すると、どんなことが起こるかが心配になったのです。

住民が主導するまちづくりができなければ、パク・ウォンスン市長が推進しようとしているまちづくりは逆に壊れてしまうと思いました。そこで、パク・ウォンスン市長とマウルの活動をしている人たちは、一つの合意をしました。それは、住民主導のまちづくりの原則を実現するために、中間組織を作ろうというものでした。その中間組織こそがマウル支援センターです。組織は市が作りましたが、運営は民間活動家らが委託されて活動するので、半官半民の組織だと言えます。最初はこのような中間組織をなぜソウル市のレベルで作る必要があるのか、より身近な自治体のレベルで作るべきではないかと考えました。マウルを支援する仕事をするのにソウル市は広すぎるため、自治区のレベルに入ってもっと近いところでなければならないと思いました。自治区であれば住民が30~40万人程度の規模です。ところが自治区レベルでサポートセンターが必要だという点では同意しましたが、その自治区レベルに支援センターをどうやって作るかについては異なる意見がありました。一つ目は、ソウル市庁内にサポートセンターを作らずに、すぐに自治区のレベルにサポートセンターを作るという意見、二つ目は、今、自治区レベルで作ろうとすると、必然的に官主導で行くしかないという判断になってしまうので、広域レベルで自治区のサポートセンターを作る支援をすべきだ、という意見でした。結局、2番目の意見で合意し、広域の支援センターを最初に作り、その広域支援センターの使命は、自治区レベルのサポートセンターを作ることを任務とするということになりました。

今年2月にこのような結論に達してからこの6ヶ月間の仕事は、自治区レベルのマウル支援センターを作ることができる勢力を集めることでした。私たちは、これをマウル・ネットワークと名付けました。略してマウル・ネットです。すでにマウルの活動をしている住民や活動家、団体を集めて、パク・ウォンスン市長が推進しようとしているマウルを作るサポートをするにはどうすればいいかと、質問を投げかけました。このような質問から始めて、パク・ウォンスン市長からどのような助けを必要するか、パク・ウォンスン市長を牽制しなければならない部分は何かを、マウル単位、自治区レベルで話し合いました。そして現在、ソウル市にある25の自治区中23区でマウル・ネットが組織・運営されています。

この 半年を振り返ると、思ったよりかなり早く時間が過ぎたようです。その理由については、パク・ウォンスン市長への信頼と期待がまずあったのと、二つ目には、すでにソウル市にはマウルの種がまかれていたので進めやすかったのだと思います。これまでは、それぞれに忙しく、同じ自治区内にいても互いに何をやっているのかわかりませんでした。会って挨拶をし、どんな活動をしているのかを尋ねたり、一緒にやったらいいのではないかと情報や資料をやりとりするきっかけがすでにできています。自治区の公務員たちとのコミュニケーションも始まっています。

このマウル・ネットワークがまずすることは、自治区レベルのマウル事業のための資源の発掘と交流をすること、2番目に自治区の公務員たちとガバナンスをするパートナーの役割を果たすことです。この過程でそれぞれの自治区の中にある大小のマウルが少しずつ大きくなって、相互につながって成長していくにはどうすればいいのかをマウル・ネットワークが検討し計画します。これがうまくいけば、自然に自治区レベルでのサポートセンターが作られると期待しています。マウル・ネットワークは、横には他のマウル活動をしている人たち同士が交流し、下に向かってはマウル単位をサポートして、上に向かっては公務員達とコミュニケーションをとり、自治区レベルのマウルの力量を固めていくことが今後の課題です。

ソウル市マウル支援センターの目標は、まさに自治区レベルのマウル・ネットワークがよく育つように水を撒いて温度・湿度合わせ、必要なリソースをうまく下に送る役割を担うことです。この3年程でソウル市の25の自治区にマウル支援センターが作られるのではないかと私たちは考えています。いくつかの自治区ではすぐにでも作りたいと言っている公務員がいます。急がずゆっくりやろうとアドバイスしながら、ソウル市レベルのマウル支援センターは、自治区のマウル・ネットワーク担当者と定期的に会議をしています。

ところが心配事があります。それは、マウル運動をする人々の計画を果たして公務員たちがうまく理解できるかという心配です。マウルのことは住民がするから公務員は何もしないでくれと言われたら、公務員がもどかしく感じます。これまで公務員は自分たちが計画・執行して、住民を動員するというやり方に慣れていたため、住民が計画を立てたものを見守っているだけではもどかしく感じるでしょう。私もこれまでマウルでのみ活動をしていたので、ソウル市の公務員に会うたびに口ゲンカをたくさんしました。とてもいらいらして腹がたちました。ところが、4ヶ月ほどそのようにしていたら、公務員たちも私たちを見てもどかしく感じているのではないかと思い始めました。お互いに使用する言語があまりにも違うのだと感じました。考え方や利害関係、経験、言語が全て違うということを理解しました。ああ、通訳が必要なのだと思いました。今、考えるのは、政府が支援してくれてもしてくれなくても、マウルは川の水が流れるようにずっと続いていきます。ですから、今、重要なのは、多分、公務員を変化させることなのではないかと考えるようになりました。ああ、住民が中心になってもうまくいくんだ、住民が中心になって公務員は後ろから支援するだけでもよくなるんだ、という経験をすることが、もしかするとより重要な目標なのではないかと思いました。

このように、マウル支援センターは、住民主導型行政の経験をある程度制度化することを重要な課題としています。私たちは、それを「マウル志向の行政」と名付けました。三つの目標があります。一つ目は、民主導型手続きへの改善です。公務員が計画を立て、公募して住民が当選すると、事業計画に対して支援を受けるような官主導の形ではなく、住民が直接計画を立て、それに合わせて公務員が行政のサポートをするような手続きに変えるということです。二つ目は、予算制度を少し変えることで、私たちは籠予算制と名付けましたが、行政用語としては包括予算制と言います。項目が細かく決まっていない包括的な予算を確保しようとしています。これは公務員が住民を信じてこそ可能な制度だと思います。住民もお金を使うのに説明を徹底的にしてこそ持続可能となります。そして三つ目は、評価システムを少し改善しようということです。公務員は1年単位で事業を実施すると、可視的で計量的な成果に執着する傾向があります。しかし、マウルでは人とプロセスが重要です。計量的に数えることには限界があるので、少しは質的で定性的な評価原理をどのようにうまく組み合わせることができるかが課題となるでしょう。