12月 102012
 

12月19日に投票を控えた第18代韓国大統領選挙は、若年層や無党派層から高い支持を受けていた無所属の安哲秀氏が立候補辞退を表明したことで、事実上、与党セヌリ党の朴槿恵(パク・クネ)候補と民主統合党の文在寅(ムン・ジェイン)候補との一騎打ちとなる見込みです。選挙に先立ち、安氏立候補辞退の背景や同氏支持層の投票行動の行方、また選挙結果が日韓関係に与える影響などについて、ハンギョレ新聞東京特派員の鄭南求(ジョン・ナムク)さんにお話をうかがいました。

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民主化と大統領選

議院内閣制により選挙によって選ばれた国会議員が首相を決める日本とは異なり、韓国では米国と同様に大統領制をとっている。いわば大統領という強い権限をもつ“王様”を選ぶ制度である。古くから中央権力な強大な韓国では、大統領が首相の任命をはじめ、中央銀行総裁、最高裁判所の長、公営放送の社長を決めることができるほか、予算編成の権限をも持つ。

韓国民主化の道のりは平坦ではなく、朴正熙(パク・チョンヒ)大統領在任中の1972年から1979年までは毎月大きなデモが行われ、逮捕者が後をたたなかった。留学中の在日韓国人160名ほどがスパイ容疑をかけられて拘束され、死刑の宣告を受けた学生もいた。パク政権下で年間9%という高度経済成長をとげたが、1979年10月26日に大統領が腹心の銃弾に倒れると、その後クーデターで大統領の座についた全斗煥(チョン・ドゥファン)政権から1987年6月までが民主化運動のピークであった。それまでも国民が直接大統領を選ぶ選挙はあるにはあったが、1987年にようやく国民の直接投票によって大統領を選出するための憲法改正が実現し、1987年12月に誕生した盧泰愚(ノ・テウ)政権以降は民主的改革が多く行われた。1997年12月に起きた金融危機では多くの企業が倒産、失業者が続出し、韓国現代史上の大きな分岐点となったが、徐々に経済の立て直しが行われ、1998年に金大中大統領が誕生してからは民主化はさらに進み、その政策は盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権に継承された。

韓国の大統領選挙は、常に保守vs進歩の構図となっており、第三の候補が必ずいる。1992年にはチョン・ジュヒョン候補が16.3%を得票、1997年には新しい政治を求める市民に支持された中道のイ・インジュ候補が19.2%もの票を得た。2002年には鄭夢準(チョン・モンジュン)候補が当選した盧武鉉候補と同じくらいの支持率があったにもかかわらず、同候補の応援に回り盧武鉉政権誕生を助けた。

安哲秀氏はなぜ立候補を辞退したのか

第18代大統領選が公式にスタートする前までの朴槿恵(パク・クネ、セヌリ党)、文在寅(ムン・ジェイン、民主統合党)、安哲秀(アン・チョルス、無所属)に対する支持率は上から朴、安、文の順であったが、11月の後半になって安氏と文氏の立場が逆転した。では、安哲秀氏の支持がなぜ落ちることになったのか。野党候補を一本化すべきと安哲秀氏が発言した結果、文在寅氏に支持が移動した層があったと考えられる。政治革新を推し進め国民のために働いてくれると期待される安氏への支持は高かったが、“王様”を選ぶ選挙には出ない方がいいと考える支持者の存在もあった。政治家としてよりも外から政治をよくしてくれるような候補は、選挙になると支持率が下がる傾向がこれまでにもあった。選挙になると政党をバックにしている方が個人の候補よりも何倍も強いので、文在寅氏の支持率がここに来てアップした。朴槿恵氏と安哲秀氏」の二者択一の場合、安哲秀氏の方が優勢という世論調査があるため、安氏は最後まで悩んだようだが、支持率が下がったことで立候補を辞退するという決断をしたと考えられる。安哲秀氏の役割は野党候補を一本化した後も大事になってくる。

11月末の時点で朴槿恵候補と文在寅候補の支持率の差は7%という調査もあるが、差はもっと少ないという調査結果もあり、韓国の選挙では5%程度の差は誤差の範囲だ。ハンギョレ新聞が11月30日に行った調査では、もし明日投票が行われたらどちらに投票するかという問いに、44.9%が朴槿恵氏に、40.9%が文在寅氏に投票すると答えた。また、野党候補を一本化する前の段階で安氏を支持していた有権者に対し、朴候補と文候補のどちらに投票するかを聞いたところ、朴氏に投票すると答えたのが24.7%、文氏に支持すると答えたのが54.5%だったが、まだ決めていない層が20%いることになる。調査対象者全体に対し「安氏が文氏を支援すると表明したら誰に投票するか」という問いに対しては、43.1%が朴候補に、47.7%が文候補に投票すると答え、文氏が逆転するという結果が出た。

しかし、韓国の有権者はこうした調査に率直に答えない傾向があり、大統領選の行方は最後までわからない。

韓国政治の課題と選挙への影響

韓国の大統領選は国の運命を決める選挙といっても過言ではなく、大統領が誰になるかによって生活が一変することにもなる。

1990年代は高度成長の最中で問題が生じても事態を収拾することができたが、1997年の金融危機で失業者が増え、20代の若者の半分が非正規職にしかつけないような状態になった。しかし、2000年代に入ってから企業の利益は大幅に増えたが、家計の収入増加は大きくなかった。韓国では“両極化”すなわち経済格差や貧困の問題が大きな社会問題になっている。福祉の予算は欧米や日本に比べて少なく、国家の税収は国内総生産の20%程度でしかない。また、住宅問題も深刻で、韓国人の60%が自分の家をもっているが、全体で1000兆ウォンの債務を抱えていると言われている。家の値段は年間収入の6倍以上になると問題だが、ソウルでは11倍以上になっており、持ち家の値段が下がると大変になるため、住宅の値段が下がらないように願う人は与党セヌリ党支持にまわる。民主化運動の主役だった386世代は今40-50代になっており、住宅を購入した結果経済的に苦しんでいる層と一致する。こうした住宅債務問題によって、保守層、進歩層が区別しにくくなっており、格差をなくし、再起可能な社会を作ってほしいと希望する一方で住宅問題に関しては保守を支持するという人が出てきている。

政治革新を果たせるか

盧武鉉政権下で住宅価格が上昇し、格差が広がるなど政策面で失敗はあったが、国民のために命をかける大統領として、死後、盧武鉉大統領に対する評価が高まった反面、李明博(イ・ミョンバク)大統領は年を追うごとに評価が下がった。また朴槿恵候補の父親である朴正熙大統領は独裁的であったが経済成長を成し遂げたとして年配の人たちに絶大な人気がある。進歩陣営は、李明博政権の審判と盧武鉉大統領の継承者=文在寅候補であるということを強調して今回の選挙を戦いたい一方で、朴槿恵候補は現大統領とは距離をおき、朴正熙大統領の政治を継承する与党候補という側面を押し出している。しかし、韓国では歴史を遡ったことはなく、朴正熙の時代に回帰するような政治を選択するのはおかしいと個人的には考えている。投票結果は僅差になることが予想され、過去に戻るのか未来に向かっていくのかは安哲秀氏が文在寅氏を積極的にバックアップするかどうかにかかっている。

日韓関係への影響と北朝鮮

基本的に日韓関係は経済的に協力関係にあるため、韓国の大統領が誰になっても大差はない。恐らく独島・竹島問題は永久に解決できないだろうし、慰安婦問題は両国関係を悪化させるほどの要因にはならないので、問題をエスカレートさせないということが互いの利益である。

むしろ韓国にとっては北朝鮮との関係の方が重要で、今回の大統領選で北朝鮮との関係を良くした方がいいと思う政権が成立するかどうかの最初で最後のチャンスとなる。朴槿恵候補が大統領になった場合、北との関係がよくなることはない。なぜなら、韓国には巨大軍事産業があり、60万人の軍人のほか諜報活動にかかわる人たちもいて、北との関係がよくなると仕事を失う人が出る可能性もあるからだ。

韓国と日本の関係は複雑だが、選挙の結果がどうなってもあまり変化はないといえる。