3月 242014
 

ラオスの話(1) 地元を守る若者たち

秋夕(チュソク)の連休に、ラオス北部地方のシエンクワーンという山村に行って来た。ラオスでも秋夕連休があるわけではないが、ブン・カオサラックという祭りがあり、お寺で先祖の供養をし、家族と韓国の松餅(ソンピョン)のような料理を作って食べる。韓国と同じようにラオスも陰暦での祝い事が多く、陰暦の8月15日には月見を楽しむ。

シエンクワーン県は山岳地域で沢山の少数民族が住んでいる。今回はシエンクワーンのモク郡にある三つのモン族の村へ行ってモン族の住民の生活の様子を見てきた。以前からこの地域の山村に行きたいと思っていた。ちょうどラオスで活動している韓国の団体の一つであるグッドネイバースがこの地域に現地調査を行くということだったので、私も同行させてもらった。シエンクワーンは、最近韓国の開発協力事業が盛んな地域でもある。

電気も供給されず、電話もよく繋がらないこの三つの村は6世代に渡って約200年間完全な自給自足の生活をしてきた。一つの村あたり30~50世帯の小さな山村で、公共施設としては村ごとに小学校がある。ここで何日か生活しながら感じたことは、ひとことで言えば、「持っているものは何もないが、ないものも一つもない」ということだ。何を手伝ってあげればよいか?そう考えると終わりがなさそうで、一方手伝ってあげることが一つもなさそうにも思える。一緒に行ったグッドネイバースのスタッフに私の気持ちを伝えた。

「実は、人々が望んでいるのはこのように自給自足しながら自由に暮らすことなのに、もしかすると、むしろ私達が外部に依存させようとしているのではないか?」

私達がよく数字で表す貧困の程度で考えると、ラオスは世界でも一番貧しい国(LDC)の中の一つである。だから、普通に生活しているのに、ラオスには生活に必要なものが非常に不足していると思っている。しかし、私はこの村からむしろある種の余裕を感じた。人が生きてゆくために‘必ず’必要なものは何だろう?これはとても難しい質問だ。時代や状況、そして場所と個々人によって大きく差があるはずなので。

二人の若者に出会った。ここで会った多くの人々の中で特に若い人達のことを覚えている理由は、私が若者に関心があるからだ。私は、ラオスに来る前から韓国で仕事する時も若者達と一緒だったし、今もラオスで若い人達と一緒に若者達のための仕事をしている。だから、どこへ行っても当たり前のように若い人達にまず目がいき、関心を持つことになる。

二人の若者の名前は分からない。私の悪い癖のせいだ。私は普段から名前と数字をよく覚えられない短所があり、もっと悪いのは、そうであるにも関わらずに人の名前と年齢をよく聞かないことだ。なので、このような文章を書くときは、いつも困っている。「どうしよう、名前を聞くのをまた忘れちゃった。」毎回後悔しながらも悪い癖を直せないのは、私が年齢や名前に興味がないからでもある。年齢とか名前ではなく、‘感じること’に興味があるので。

三つの村の一つであるパカ村を見て回った際に偶然に出会ったある母親。まだあどけない感じで歳を聞いてみたらまだ17歳にすぎない。2年前、15歳で結婚して学校も辞めてこの村にお嫁に来て、今は9ヶ月の娘がいる。あれこれ聞き始めたら、待っていたように色々喋ってくれた。私はラオス語がまだ下手で現地の人達の話がよく理解できないのに、この母親のラオス語はわかりやすかった。それほど、彼女のラオス語が上手だったということだ。奥深い山村に住んでいるモン族達は概してラオス語が上手い方ではないので。

暮らし向きを聞いてみると、前年収穫した米がなくなって今はトウモロコシとキャッサバを食べていると答えた。それでも顔には困窮している様子はない。ただ学校を辞めて結婚して山奥に住んでいるので、世の中とかけ離れてしまったことを残念に思っているようだった。我々の調査チームが小学校で村の人達と会議をすると聞いて、後で子供と一緒に綺麗な服に着替えて学校まで私たちに会いに来てくれた。

私たち一行は隣村であるプモンの村長宅に招待されてお昼をご馳走になった。村の人たちは一緒にご飯を食べていたが、私の隣に座っていた小学校5年生の女の子とご飯を食べながらお喋りをした。

「彼氏はいるの?」
「いないです。」
「どうしていないの?」
「この村には若い独身男性がいないんです。」
「本当に?どうして?」
「もう結婚しているか、でなければ都市部へ勉強しに行っちゃっているからです。」
「そうすると、これから結婚はどうするの?」
「私もこのままでは結婚できないのではないかと心配です。」

私がグッドネイバースの職員達に半分冗談半分本気で声をかけた。

「いろんな村の独身男女を集めて、何かイベントをするのはどうだろう?それで互いに縁を結べるように手伝おう。子供達を学校に通わせて文房具を配ることも村に水道をひくことも大事だけれども、こんなことがまさに人々が一番望んでいる、簡単に言えば、需要者中心の‘開発’ビジネスじゃないだろうか?」皆、笑顔を返した。

三つの村で若者達に会ったと書いたけれども、実は私達がイメージした若者はいなかった。男性も女性も大体結婚が早いからだ。ラオスに来る韓国人から聞かれる多くの質問の一つが、ラオスの人の結婚年齢だ。答えづらい質問である。急速に変化するラオスは、田舎と都会、女性と男性によって大きな差があるし、風習も早く変化しているからだ。私が住んでいるヴァンヴィエン市は都市であり、20歳を過ぎて結婚する傾向が広がっている。しかし、田舎は事情が完全に異なる。女性は10代のはじめに結婚して10代半ばで子供を生む。

若者をどのように規定するかによって異なるが、年齢で判断するとラオスの田舎に若い人は多い。韓国みたいに、まだ村自体が無くなったわけではないからだ。若者達の興味は主に農業と結婚だ。できれば、早く良い配偶者に出会って家庭を築いて農業しながら生きてゆくのが普通の人生だ。そうなると、ラオスの若者達の生きる喜びは何だろう?何を考えているのだろうか?自分の未来と隣人の未来についてどう考えているのだろうか?韓国人の基準で見ればここの若い人達の人生はつまらなく見えるかもしれない。だから、この人たちのために何でもしてあげなければならないと考えて、特に職業を創り出すことに大いに興味を持っている。けれども、ここで言う職業とはどんな‘職業’を意味するのだろうか。

「どんな仕事をしていますか?」旅行で来た人、事業をしている人、開発協力ビジネスをしている人など、ラオスへ来る韓国人がラオスの若者達によく聞く質問だ。地方の村に行って聞いてみると大体の若者は、「家にいます」とか、「農業をしています」と答える。そうすると質問した韓国人は暫く考え込む。たまには困っている表情をしたりする。その理由は、「家で農業をしているなら仕事がないのと同じでは?」と考えるからだ。家にいるのにどうやって食べていくか、どうして何もしないのか、疑問を持つ。私も、しばらく前に、ラオスより韓国の生き方に慣れているときは、同じことを思っていた。けれども、少し違う観点から考える必要がある。‘農民’より大事な職業はない。若い人達が農業に従事し続けることができるように奨励するのがとても重要だ。決して農業という仕事を軽く考えてはいけない。ラオスは貧しい国であるけれども、違う観点から見なければならない理由、そして私がラオスに住んでいる理由がここにある。

私がラオスの未来に対して希望を持ち続ける理由は二つある。最初の理由が、ラオスでは自分が食べるものは自ら耕すことを大事にするからだ。農民には当たり前のことだが、学校の先生、公務員、市場の商人たちも一般的に農業の話が好きだ。大体の場合、多少の差はあっても自ら農作業をしているからだ。田植えはもう終えたか、収穫はどれ位あるだろうか、どんな苗を植えるのかなど、農作業の話をする時は表情に活気が溢れる。秋の刈り入れ時期には全国の学校は一斉に‘刈り入れ休み’になる。当たり前だけれども、食べてゆくことより大事なことは何であろうか?今のように大体のラオスの人たちが農作業をすると当然食料の自給自足ができるので、これから予想される食料戦争を避けることが可能であるし、自然を尊重する心を持ち続け、生活の中で体を使う楽しさを嫌がることはないだろう。

山間の村を出てシエンクワーンの県庁所在地であるポーンサワンへ行った。由来は分からないが不思議な巨大石壺のあるジャール平原があり、観光客がよく訪れる場所だ。ここは都会なのでまだ結婚していない若者が多い。農業以外にも様々な職業についたり、大学へ通ったりしている。ここの若者がどんな生活をしているかを知りたくて、知人から若い二人を紹介してもらい、話を聞いた。今回は彼女らの名前も、年齢も聞いてみた。^^

二人は友達同士で今年高校を卒業した。一人の名前はラーで、私の知り合いであるパオの妹だ。今は食堂で働いている。翌月からは、仕事をしながらポーンサワンにある教育大学へ進学する予定で学費の準備を心配している。年齢は18歳でまだ彼氏はいないと言っているが、笑いながら返事する様子からすると本当にいないのか、怪しい気がする。学校を終えて教師になると25歳ごろ結婚して子供は3人ぐらいほしいと話した。

ラーが連れてきた高校の友達のジャイ、年齢は19歳だ。ラオスの首都であるヴィエンチャンのラオス国立大学校の法学科を受験して結果を待っていた。とても勉強熱心な学究肌に見える。お父さんは大工でお母さんは市場で商売をしている。娘ばかりの4人姉妹で、お姉さん二人はもうヴィエンチャンで勉強を終えたと言っていた。大学に入る前に、英語実力の向上のため市内にある英語の塾を通っていた。何故、法学を専攻したいのか聞くと、就職しやすくて、後で実家に戻っても会社に就職するか、公務員などができるからだと説明した。冗談で「将来にシエンクアーン県知事になれるのでは?」と聞いたら、照れながらそんな夢をみることもできると答えた。

最近、ラオスは大学進学の風が吹いている。今年6,700名が定員であるラオ国立大学校に15,000名を超える学生が応募した。教育機会の拡大と職業世界にについて関心の高い青年達に新しい夢を吹き込んでいる。韓国は既に過去に同じ経験をして教育への熱意と成就が国の発展に大きく貢献した。しかし、韓国とラオスでは大きな違いがある。それは、韓国と違ってラオスの若者達は都会で勉強をしてから地元に帰りたいと思っていることだ。都市で仕事をしながら生活することより、親、家族、友達と暮らすことを大切に思っている。

私がラオスに希望を持っている二番目の理由がこれだ。若い人達が都会で勉強をしても、大部分が地元に帰ろうと思っていること。地元に帰ると都市部より給料も少なく良さそうな職業もないけれども、喜んで自ら地元に帰る。もし、家族と地元を守ろうとする努力が維持されれば、ラオスは開発と発展が進んでも田舎に老人しか残らない我が国のような状況にはならないだろう。逆に、韓国では若者が地元に帰りたがらない。帰りたくても親に帰ってこなくていいと言われている。その上、地元に戻ると何か問題があって帰ってきたと思われて、家の恥だとまで言われる。その結果、農村には老人達だけ残り、家族は皆ばらばらになって村は消えていった。皮肉なことに、最近になって消えてゆく農村のことを心配して‘まちづくり’だ、何だ、と資本と人材をつぎ込んで人為的にまた町や村をとり戻そうと声を上げるようなことになっている。

ラオスの若者達が都市部で勉強を終えて地元に戻るにせよ、そうでなくても最初から地元を離れないようにするには食べてゆくための工夫をたくさんしないといけない。勿論、農作業だけでも生活できるが、せっかく学んだことを活かす機会も必要だし、外の世界との情報交流をして地域発展のための様々な努力も必要だ。これが、今、私がラオスで興味を持っていることだ。次号では、ワンウィアンで私と一緒に働いている、いわゆる都会と外国で生活したことがある若者達の話をする予定だ。

文: イ・ソンジェ/ODAウォッチ運営委員

翻訳: コリチーム(イム・オクビン)

原文: 라오 이야기 1. 지역을 지키는 청년들
http://www.odawatch.net/

ラオスの話(2) だれが地域を守るのか? 世間の‘水’をちょっと飲んでみた若者たち