5月 262014
 

御無沙汰しております。日本希望製作所でインターンとして活動したチョン・ジネです。

今年大学院を卒業し、約5年間の留学生活を終えて、5月上旬に韓国へ帰国しました。現在はふるさとの英陽(ヨンヤン)でゆっくりとしながら、心身のエンジンを休ませたり、磨いたりしております。と言いながらも、日差しも春の風も心地良い日々の中、家にいると少し心細くもなりますが。

未だに、韓国にいることが、休みに来ているような感じがして、「適応」あるいは生活という言葉を用いて自分のことを表わすのも、また、皆様にこのような文章を書くのも不思議な気がします。日本希望製作所に身を置かせて頂きながら色々なことを見聞きし実行した約4年間の時間は、(あまり、活動出来なかった時期もありましたが)私にとってとても貴重で価値のある時間でした。時には手に負えないこともあり、時にはカッとしたりイライラしたりすることがあったのは事実です。しかし、日本希望製作所では、そのような感情さえもたいしたことではないと感じました。「お疲れ様」という言葉をよく耳にしましたが、振り返ってみると、私が経験した「疲れ=苦労」というのは極めて小さなことに過ぎず、その小さなことも、実は「疲れ=苦労」ではなかったと思います。

では、私にとって日本希望製作所での時間が何であったのか、日本希望製作所が「ジネ」にとってどのようなところであったのかと聞かれたら、私は感謝の心を込めて次のようにお話したいと思います。

インターンの仲間たちと


1) 遊び場
私にとって日本希望製作所は「苦労」が必要な所ではなく、実は「遊ぶ所」つまり「遊び場」の一つでした。私は、「楽しみ」という要素さえ備えていれば「遊び」の条件を満たしていると思っていますが、日本希望製作所の活動はまさにそうでした。(適切な比喩であるかは分かりませんが)よく、公園に行くと「場」というスペースがあり、そこには「遊具」というハードウェアがあります。そして、その「場」や「遊具」を楽しむための「遊び」も存在します。一緒に遊ぶ友達もいれば時には、その友達の親や町の大人たちとの出会いもあります。そのように日本希望製作所も、日本希望製作所という「空間」=「場」があって、そこには日本希望製作所が持つネットワークや知識、情報など(ハードウェアではありませんが)の多様な遊具が存在します。インターンの仲間たちは、一緒に顔と顔をつき合わせてその遊具をどのようにすれば楽しく遊べるかを考え悩みます。

その成果物というのが読書会であったり、上映会であったり、講演会、ワークショップという多様な形の遊びとして生まれているのだと思います。このようなことが出来上がるまでのプロセスや成果物すべてが遊びであるといえるでしょう。そして、私たちがより楽しく遊べるように、環境を整えて下さる親のような存在が桔川先生、木下さん、そして島村さんをはじめとする多くの理事の方だと思っています。
「遊び場」
新しい方、新しい仲間、新しい情報や知識、活動との出会いが出来る楽しさがあり、よく分からなくても、よく分かっていても、ありのままの自分で素直に話し合えて、学びあうことが出来る場、多様な何かとの出会いが存在する「遊び場」。私にとって日本希望製作所がそのような場所であり、だからこそ、「お蔭様で本当に楽しくよく遊べました!」と心を込めてお礼を言いたいです。

2)学びの場
新しい出会いには、いつも「学び」がついてきます。知っていることよりも知らないことが多く、知っている人よりも知らない人のほうが多かった私にとって、日本希望製作所は遊びながら沢山のことを学べる場でした。日本で語学の勉強しかしていなかった2010年、日本希望製作所との出会いを通じて日本で行われているいろいろな市民社会の活動に出会うことができました。また、自分が他国では外国人であるということを自覚したことで、「多文化社会」ということに興味をもつようになりました。この「多文化」への関心から「言葉を越えて」というワークショップを実施したことは、未だに鮮やかな記憶として残っています。

2010年10月、日本希望製作所で始めて関わったプロジェクト「ヨス開かれた合奏団」の来日!       当時、親しくなった高校生は、今、大学生です!


また、韓国からの視察団の案内を任されたお蔭で、日本のオルタナティブ教育、環境、まちづくりのような分野を知り、少しではありますが、そのことについて学ぶこともできました。それに加えて、おそらく自分の足では訪ねることの出来ないような所まで訪ねて行くことも出来ました。

このように、多くの団体や沢山の方に会うことで、その方が持つ哲学や生き方について直接的にも間接的にも学ぶことができました。学業の中では、自分の専門に偏りがちですが、日常的に会うインターンの仲間をはじめ、視察やイベントなどで出会う多様な分野の方々の話は、「あ!世の中にはこのようなことに興味を持っている人もいるんだ。この人はこのように思っているんだ」と、悟る機会になりました。

また、様々なイベントの企画や運営に携わったり、先生たちのコーディネートのプロセスを隣で見たりしているうちに、日本と韓国の仕事のスタイルや速度の違いなどを身をもって体験し、様々なスキルを得ることも出来ました。インターンが主となって運営したイベントを通じては、企画のためのアイディアを引き出したり、より効果的な広報の仕方について悩んだり、チラシづくり、当日のイベントの流れのチェック、最後の感想文作成など、自分の専門にも適用できることを沢山学ぶことができました。テーブルで行われる議論を超えて、時には、ミスもしたり、躓いたりしながら身をもって学び、それを自分のものにしていくことができたのも、日本希望製作所での活動を通じて得られたことで、それについても感謝しています。

2011年2月 谷根千一帯のまち歩き


3) 実験の場
新しい人がメンバーに加わるたびにいつも話題になったのは、「日本希望製作所はいったい何をするところなのか」という質問でした。「このような所だ」となかなか納得できる定義づけができないのが日本希望製作所ではないかと思われますが、一言では定義しにくいということがそもそも多様な活動ができる前提にもなるのではないでしょうか。したがって、日本希望製作所では、本当に多様なことにチャレンジすることが出来ました。日本の一部の社会しか経験していないインターンたちの潜在能力を信頼し、色々なことを任せてくださった理事の方や事務局のみなさんも、ある意味では実験をしていたのだと思います。そして、個人の能力が足りない中、また、一人一人の興味や関心が異なる中でお互いのことを理解し尊重しながら、何とか一つになってプロジェクトを実施してきたということも一つの実験であったと思いますし、いつも同じカタチを求めてこなかったことも一つの実験であったと思います。その過程で、みんなが日本希望製作所のことを理解し、熱意を持つことが出来たと思います。

2011年9月 東北の遠野へ


これ以外にも日本希望製作所は私にとって、交流の場であったとも言えるし、家のようなところ、また、アジトのような所であったとも言えます。どんな言葉を用いても当てはまる場、逆に、どんな言葉でもすべてを表わすことが出来ない所が日本希望製作所です。

約4年間、私に楽しく、面白く、学びながら、チャレンジできる遊び場を作ってくださった日本希望製作所の皆様! 本当にありがとうございます。そして、今一生懸命活動しているインターンの皆さんも、日本希望製作所で楽しく、面白く、遊びながら学び、チャレンジし、実験してもらえればと思います。

これからも、日本希望製作所から興味深いニュースを知らせてください。よろしくお願いします。

文:チョン・ジネ/東京芸術大学修士課程修了