5月 262014
 

早川由美子監督の「乙女ハウス」の上映会が4月30日NPO法人グリーンツーリズムネットワークセンターとの共催で、東洋大学で行われました。今回の上映会は、インターンたちの勉強会として日本の若者たちの住居形態を知りたいということから始まった企画でしたが、東洋大学の青木先生をはじめとする様々な方々のご協力の下、早川監督にも上映会に参加していただき、「乙女ハウス」と「ホームレスごっこ」2作品を上映した後、監督のお話と質疑応答が行われました。今回のイベントは、我々にとって“家”とは何なのか、住居とは何なのかについて考えさせられる時間でした。

早川監督が映画に興味を持ったきっかけは、2005年に監督ご自身が書いた記事が韓国のオーマイニュースに掲載され、市民記者として登録していた投稿が韓国で反響を呼び、テレビ局が監督を取材したことからだそうです。 その後、監督は東京で暮らすようになって家賃の負担が重いことを身をもって実感し、戸建て住宅や共同住宅の映像を制作するようになったとのこと。また、韓国との縁も深く、ソウルの女性映画祭で監督の映画が上映されることになったので、ソウルの住宅事情を知りたいと思い、インターネットで検索したところ、日本希望製作所のホームページで、ナ・ヒョウさんの「大都市ソウルにおける住宅の貧困問題」というテーマの講演が紹介されているのを見つけたそうです。そして、早速日本希望製作所に連絡してナ・ヒョウさんを紹介してもらい、ソウルの貧困の現場を訪れ、取材することになったそうです。

最初に上映した「乙女ハウス」(2013年、43分)は、自宅を建てた千野さんが親の介護のために家を空き家にせざるを得なくなったとき、シェアハウスにしようと思いついたという実話に基づいた作品です。空き家にすると、火災や盗難の心配があり、住んでいなくても固定資産税がかかるという理由から、不安定な生活で貧困に陥り、住宅に困っている女性たちのために自宅をシェアハウスに変えることにし、月1万円程度の家賃で提供を始めたのです。介護するためには家が狭く、放っておく訳にもいかなかった家を“乙女ハウス”に変えたことで、千野さん自身にも“乙女ハウス”の居住者にも相互にいい影響を与えたのです。映画の中の居住者たちは、“乙女ハウス”での生活に満足し、互いに支え合う生活を楽しんでいて、幸せそうに見えました。

家賃を1万円程度に設定した理由は、家賃の負担を軽くしたらもっと自由な生活ができるのではないかと考えたからだそうです。確かに、この点には私も共感するものがありました。家賃が安くて快適に過ごせる部屋があれば、今よりに自分のためにする時間が増えるのに、という残念な気持ちがあったからです。私は、日本に来た当初、3人部屋の寮に住みました。次は、とても狭いながらも一人部屋で、各階に3人が住むシェアハウスで、その後は、もう一人のルームメイトと2LDKのマンションに住み、そして今はやっとアパートで一人暮らしをしています。それぞれの住居形態には長所と短所がありますが、今の一人暮らし生活の一番いい点は、誰にも邪魔されずに一人で快適に過ごせることです。しかし、一か月の生活費が前よりかなり高くなってしまい、生活費を稼ぐために余暇の時間がなくなってしまったのです。私は、快適な環境と引き換えに自由を満喫する時間を奪われてしまったのですが、これは私だけでなく、都市に独りで住んでいる若者たちが共通して抱えている問題だと考えます。

それでは、若者たちの生き方に大きく関わる住居問題を、“乙女ハウス”のようなシェアハウスが解決してくれるでしょうか。それに関しては、質疑応答の時間に青木先生がされた話が記憶に残ります。住居問題には、田舎と都会では違いがあるということでした。その決定的な違いは、田舎には若い世代の働き口がないということで、若者の雇用と空き家問題はセットで考えなければならないという意見でした。要するに、若者たちは仕事を求めて都会に行き、それによって田舎には空き家が増え、また、都会には安くていい家が少なくなってしまうということです。したがって、“乙女ハウス”のような住居形態が田舎でも効果があるとは言い難く、住まいのあり方には工夫が必要だという話でした。

続けて観た「ホームレスごっこ」(2014年、16分)は、新宿でダンボール生活しているホームレスを取材し、監督も自ら彼らのようにダンボールの“家”に住む体験をするという映像作品でした。定年後、収入がなくなりホームレス生活を余儀なくされるなど、家を持っていない人々が自分たちのダンボール生活について語っていました。映像では、路上では許可のない公演が禁止される様子も映し出され、ダンボールの“家”で暮らしている人々は地下道に集まったり、女性のホームレスはできるだけ被害を受けない安全な場所で生活したりしていました。

映画鑑賞の後、質疑応答の時間が設けられました。ゲストハウスに住んでいた経験のあるインターンは、「日本人であるにもかかわらず貧困の状態になってしまったというのはある意味では不思議だ。家はなぜ貧困と結びつくのか」という質問をしました。これに対して早川監督は、「家はこれまで自らの努力で確保するものだと思われていたが、融資を受けて自分の家を建てるのは難しい。また、良い家に住んでいないのは、自分が努力していなかったためだと思われがちだが、個人の努力だけでは難しい点がある」と言い、「ひとりひとりが集まって作り出したシェアハウスのような住居形態が成功してから市が補助金を与えるなどの事例を見ても、国に期待することは難しく、個々人の考えが重要である」と語りました。

また、監督は、「ただスペースを借りるのではなく、居住者同士が交流する機会があると、うまく維持される傾向がある」とも述べました。確かに、最近のシェアハウスは、経済的に困難な人々が住むのを余儀なくされるところではなく、若者たちの出会いの場にもなっています。今まで会ったことのない人との新しい出会いを期待して、わざわざシェアハウスを選ぶ若者たちが増えています。今の若者のニーズを満足させる新たな住居形態は、私たちが考えるよりもっと明るい方向に変わっていくのではないでしょうか。

上映会終了後、会場である東洋大学の近くのイタリアンレストランで懇親会が開かれました。この日は、インターンとして4年間活動したチョン・ジネさんの送別会も兼ねて行われ、映画の話やインターン活動の話で楽しい時間を過ごしました。

最後に個人的な感想を述べると、「ホームレスごっこ」の映像の最後の部分で、駅構内のダンボールの“家”でさびしそうに座っている監督の姿が印象に残りました。上映された二つの作品は、我々の生活に欠かせない「住まい」に着目し、貧困問題を喚起しているだけではなく、家というのはあってもなくてもそれなりに問題がいろいろあり、我々の生き方の大きな部分を占めていることを示唆しています。今までの日本での生活を振り返って見ると、どんな家でも、どんなに狭くて居心地の悪い部屋でも、ゆっくりできて、他人を気にしなくてもよい自分の空間が「うち」だと言えるのだと考えます。つまり、ダンボールであろうが立派な屋敷であろうが、人は素直な自分になれる、ほっとした気持ちでいられる所を探しているのではないかと思いました。そして、今自分がいるところを大事にする気持ちを忘れかけていたのではないかと顧みることができた時間でした。

文:朱世演(ジュ・セヨン)/神田外語大学学生

4月30日イベント案内