5月 282014
 

以前は、春や秋になると自宅を持たない庶民の大きな悩みだった家賃の上昇が、近頃は年中低所得階層の胸を苦しめている。前政権から続いて庶民の住居安定や住居福祉が熱心に主張されてきたにもかかわらず、まだまだその解決の先行きは見えない。庶民と低所得層の生活の安定のための最も基本的な要件が、「住居の安定」という命題を否定する人は少ないだろう。ただ、過去に貸家暮らしの痛みを経験したことがない人、もしくは人の住む生活の場所がいかに大切な生命の息吹であるかを知らない人だけがその重要性を認めることは難しいだろう。

我が家を持たない庶民にとって住居安定対策の必要性は、単純に生活空間を提供するという意味を超えて、家族の生命と直結するより深い意味を持っている。何故なら生活する場所がどんなに安定的なものか否かによって一家の共同体の運命が左右されることもあり、住居の安定が家族生存の基礎土台の中でも最も核心的な根であるからだ。

現在、「家」は、財産増殖の手段や所有の概念から脱して、生存住居として認識する時代へと変じているにもかかわらず、社会はいまだ投機や所有の対象として見ている。これは結果的に家賃の上昇と庶民の住居不安を放任することになり、さらに住居所有者の権利が過度に保護・強化されるのに対し、賃貸人の居住権が保障されないという構造を生み出す。

住居を所有し賃貸することが、図らずともまるで封建時代の主従関係のように取り違われてしまっているのではないだろうか。先進国では、昔から所有権と賃借人の居住権をほぼ同等の法的権利として認めている。家を所有することで賃借人の移住までむやみに強要することや、家賃を独断で引き上げることができないようにし、徹底して居住権を保護しているのだ。

この時代を生きる我々既成世代には、確かな一つの重大な義務が付与されている。それは次の世代に住居不安がない、安定した制度を次の世代へ引き繋ぐことである。そのために我々が最初に行うべきことは、賃借人の居住権を法的に保護し強化する枠を組み立てることだ。家はただ所有するためではなく、居住するために存在するということにその存立の価値があると再認識することで、住居権の制度的保障が最も優先される部分となるだろう。

もう一方が、庶民が自ら住居の安定させることは現実的に困難であるため、国が公共住宅の供給を確実に施行していくことである。政府は何よりも公共住宅の建設と供給の約束を守り、庶民の住居安定のために献身しなければならない。

このような努力には様々な問題を伴うが、共にこの時代を生きる我々皆が子孫に恥じないよう捧げるべきものとは、家を所有しなくても幸せに人生を設計できるという住居安定そのものだ。 

文:ノ・キドク/住居権実現のための国民連合 事務総長
翻訳:ナ・ヌリ/日本希望製作所インターン

原文(韓国語):세계일보 2013.11.26
    http://www.segye.com/content/html/2013/11/26/20131126004977.html