8月 212014
 

日韓の医療生協と一緒に健康まちづくり、平和づくりを

昨年に引き続いて、韓国からの医学生の研修・交流プログラムに通訳として参加させていただきました。 今年も新たな学びがあり、医療分野についてはよくわからないながらも、参加者と一緒に楽しく見学することができました。

7月24日の午前に、練馬区にある「柿の木ハウス」に訪問しました。「柿の木ハウス」は、東京保健生協の学院通り支部が運営している施設です。家の入り口には、名前の通りにまだ青い柿が鈴なりになっている大きい木が立っていました。「柿の木ハウス」は空き家を活用した施設ですが、中に入ると、組合員さんたちが笑顔で歓迎してくれて、親戚のおばあさんの家にきたような暖かい雰囲気を感じました。

まず、「柿の木ハウス」の設立背景や現在の活動内容などについて簡単な説明を受けました。「柿の木ハウス」では毎月1200部近くのニュースレターを発行し、83人の「虹橋」と呼ばれる組合員さんが購読者一人一人に直接配布しているそうです。94歳のお年寄りが虹橋としての帰属意識をもち、やりがいを感じながら積極的に参加していることに驚きました。また、様々な班活動が行われる地域の「たまり場」として、「柿の木ハウス」は、健康に関することだけではなく、折り紙や麻雀班、カラオケ同好会など趣味の活動も一緒に行い、身近な関係づくりをしながら地域の人々(主に高齢者)とつながっていました。

また、バザーを開いたり、毎週1回、「おうちご飯会」を開き、庭園で栽培した野菜や農作業に携わっている知り合いからもらった新しい野菜を使った料理を500円で提供して「柿の木ハウス」の運営資金を稼ぐなど、主体的に運営しているそうです。私たちも「おうちご飯会」で食べるお料理を頂きました。すべて自家製でおいしいカレーやサラダ、コーヒーゼリーのデザートまで実際にごちそうになりました。すごくおいしくてボリュームのあるお料理をいただくことができて幸せでした!

明るくて、優しい笑顔が溢れる「柿の木ハウス」!

「柿の木ハウス」では、高齢者の組合員同士が連携・協力し、高齢者を主体的に支え合っています。ある組合員さんの「自分たちがやりたいことをやらないとここは運営できないのよ」という印象的な言葉から伺い知ることができるように、自ら考え、その市民(組合員)の要望に応え、市民が主導する医療生協本来のあるべき姿をみることができました。

午後には、中央区にある鉄砲洲診療所を訪問し、病院の施設を見学しました。鉄砲洲診療所は、西洋医学と漢方医学を同時に行っており、その地域で40年以上の歴史があります。鉄砲洲診療所を見学した後、区立施設に移り、健康体操の体験と講演を聞きました。

まず、組合員さんとともに「ころばない体操」という健康体操を実際にしてみました。久しぶりに体を動かしたので、楽しかったです。この体操は、高齢者が転んで骨折しないようにと転倒予防のために地域で作った体操です。「自分たちが作った体操」、「うちの地域の体操」であるので、意味があり、より愛情を持って実践している感じがしました。

体操の後、鉄砲洲診療所の所長である沖山先生と家庭医として地域で関わっている今藤先生の講演がありました。沖山先生は写真を見せながら、診療所の歴史を紹介してくださいました。戦後、墨田川の水上生活をする人たちや部落の人たちを診療したり、かれらの子どもたちの面倒をみるために建てられたのが鉄砲洲診療所なのだそうです。先生と組合員さんたちは写真の中のいろいろな思い出を共有していて、先生が思い出せないことを組合員に尋ねながら楽しく話している姿が印象的でした。

今まで、医者というのは、患者の個人的なことを知らないのが当たり前で、忙しくて病状について10分も話すことができない、冷たくて遠い存在というイメージを持っていました。しかし、沖山先生は、患者一人ひとりの顔を知り、設立初期の患者さんからその子どもや孫まで、2、3世代に渡って診療しているそうです。家庭医として活躍している今藤先生のお話では、家庭医とは、臓器や病気を診るのではなく、「その人」をみるのだ、という言葉に感銘を受けました。お二人の先生とも、患者をただ“お客様”として見るのではなく、患者のために医療を行うことを最優先にしておられることが講演を通じて伝わってきました。

今回、東京医療生協の関係者や柿の木ハウス、鉄砲洲診療所の方々に出会ったことで、索漠とした医療業界を連想していた私の偏見は変わりました。これからは、暖かくて人と人の情が通い合う柿の木ハウスや医師の先生を思い浮かべることができそうです。日本と同様に、韓国でも老老介護や孤独死、無縁社会などの問題が起きています。しかし、柿の木ハウスや鉄砲洲診療所が築いてきたような人と人とのつながりが少しずつでも他の地域に広がれば、人々が支え合う健康な地域、安心して暮らせる環境が作られていくのではないでしょうか。

文: キム・ソヒ/東京外国語大学大学院生