9月 182014
 

ラオスの話 (6) システムではなく人が生きている

どしゃぶりの雨が降る朝、ボランティアのミナから聞かれた。

「センターに早く行かなければならないのですが、どうしましょう?」
「どうして早く行こうとするの?」
「時間じゃないですか?」
「そうだね。時間になったね。でも、雨がたくさん降っているけど、どうする?」
「そうですね。何か方法はありませんか?」
「雨が激しいから、雨が止むのを少し待ってから行けばいいんじゃない?」
「……」

激しい雨が降っているなら、少し待って、雨が静まってから行くのがいい。極めて常識的な話だ。ところが、現実はそうではない。どんな手を使ってでも「時間」に間に合わせていこうとする。すなわちこれがシステムである。私たちはよく、システムをつくらなければならないと言う。システムというのは本当によいものだろうか。それがあれば幸せで、なければ不幸なのか?世の中はシステムで回り、システムにしがみついている。人の存在はだんだん見えなくなり、システムだけが溢れているのだ。
 
ラオスのような貧しい国に来ると、システムの是非についての議論がさらに多くなる。「システムがないのが問題だよ。」開発に携わっている団体や人々の間でよく聞く話だ。しかし、ラオスは韓国などのいわゆる先進国とは違って、システムではなく人として生きている。雨が激しく降ると、学生であれ先生であれ、雨が止むのを待ってから学校に行く。なぜ、ラオスの人は未だにシステムをつくらずに暮らしているのだろう?貧しすぎるからなのか?それとも人として生きていくのが好きだからなのか?ラオスで暮らしながらラオスの人たちの生き様をのぞき見ると、不思議な経験を沢山する。少しだけ紹介しよう。

仕事のために遊ぶことを後回しにしない。

ラオスに住んでみると、理解できないことが一つ二つではない。まず、時間の概念がない。約束を破ることが多い。公私の区別がない。前もって相談したり、知らせたりすることがない。アポも取らずにむやみに会いに来る。結婚式の招待状も3-4日前に送られてくる。仕事を辞めることも当日の朝、知らせてくる。ラオスに遊びに来る人たちはこうした事情が分からないが、ここに住んでいる韓国人たちは大変すぎると泣きごとをいう。特にビジネスの人たちはよく怒りを爆発させる。

プディンデン青少年センターは、毎週火曜日、スタッフの定例会議を行う。ある日の朝、スタッフ全員が揃っているのに、カムミン(Khamming)が来ていない。電話をかけると、二日酔いでまだ寝ているというのだ。定例会議は週一回しかなく、できるだけ会議をしなければならない。カムミンはセンターで中心的な役割を果しているため、彼がいなければ会議ができるはずがない。結局、その会議は先延ばしにされた。韓国だったら、大騒ぎになったはずだ。あなたのせいで会議が出来なかった、とぶつぶつ文句を言うだろう。しかし、ここでは、誰もそういうことは気にせず、大したことではないと思っておしまいだ。翌日の朝、センターにあらわれたカムミン自身も、特に悪びれた様子はない。

私の観察によると、ラオスの人は、仕事のために遊ぶことを後回しには絶対にしない。オフィスにいくら大至急の業務があっても、祝日、結婚、休暇、家族の記念日などを後回しにすることはない。業務は横に置いておき、まず、その場のことを楽しむ。午後4時になると、さっさと退勤する。夜勤をすることはめったにない。本格的にお酒を飲む日には、普通、朝から飲み始めて一日中飲む。さらに、お祭りの際には何日か続けて飲む。そんなことをして、体が持つのだろうか?たぶん、朝早くから飲み始めるが、昼間だけ飲んで、夕方には早く飲み終えるため大丈夫のようだ。夕方から飲み始め、夜通し飲む韓国とは違う。

ラオスの人たちは、本当にゆったりしている。ゆっくり歩く。それで走る人を目にすると、「あの人は本当に急用があるのだろうなあ」と思う。暮らしの中で、走らなければならないほどの急用や多忙なことはあまりない。様々な会社が密集している韓国のヨイド駅の朝ラッシュアワーの風景を想像してほしい。走らない人はほとんどいない。一昨日、韓国人ボランティアのソダムが言った。
「ここに来て初めてアイヌ(Nou)さんが走るのをみました。」
ソダムは現在、農場で一緒に暮らしているが、ラオス人青年のヌ(Nou)兄さんが炭を買うために、通り過ぎる車を止めようと走ったという。とても珍しいことである。

ラオスの住民たちが田植えをする姿

なぜ、二毛作をしないのですか。

韓国の人たちがラオスでよく口にする質問。
 「ラオスではお米の二毛作をしますか?」
 「しませんね。」
 「どうして年中暖かいのに二毛作をしないのですか?」
 「うーん。説明すると長くなりますね。」

韓国の人たちからすれば、ラオスは温暖な気候だから二毛作をすれば収穫が多くなり、そうすれば暮らしもよくなるのではないかと考える。しかし、ラオスでは一部の地域を除いてほとんどの地域で二毛作はしない。なぜなら、1年の半分は雨季であり半分は乾季だが、乾季には雨が降らないため、田に水を引き入れることができず、稲作をしにくいのだ。では、水を引くことができる地域では二毛作をするだろうか?するところもあれば、しないところもある。二毛作をする人は売るためであり、自分たちの食糧にするためには、二毛作しない。

二毛作をしないのは、水の事情があることもあるが、それより重要なのは、彼らのライフサイクルのためである。農業をしない冬には結婚式を挙げたり、お祭りに興じたり、宗教儀式なども行わなければならないのだ。一昔前から雨季には結婚式や家の販売などの大事な仕事は行わなかった。韓国式に言えば、お坊さんたちの夏安居が始まる時期 (ラオスではカオパンサー) から終わる時期(オークパンサー)までは農業に専念する。

二毛作をしない別の理由は、人、そして土地も休まなければならないからだ。ラオスでは、まだほとんどの農業を機械ではなく人がしているため、とても大変なのだ。土地もお米に栄養分を与えようと自分の身を捧げている。だからこそ、人も土地もある程度休まなければならない。一生懸命働いて一銭でも多く稼ぐ、農業もそのような考えでしなければならないと思うのは、生産性を大事にし、生産性をあげようとする別世界の人たちの考えだ。ラオスではそうしない。足りなければ足りないまま暮らせばいいと思っている。考えてみると、それがより長いスパンで物事をみている賢明なやり方である。これが、最近よく言う「持続可能」ではないか。

他人に与えると自分に幸せが来る。

この頃のラオスは、お祭り騒ぎだ。お正月もあり、結婚式も多かったからだ。ラオスには、正月というのが多い。太陽暦の正月、ラオスの正月、モン族の正月、クム族の正月などなど。ラオスでは、太陽暦の正月には韓国と同様に1月1日のみが祝日で休む。ラオスの正月の祝日は3日間だが、普通、1週間ぐらい休んで遊ぶ。親族一同が集まるモン族の正月には半月ぐらい休み、賑わう。クム族のお正月には、村やまちの状況によってそれぞれに過ごし方が少しずつ異なる。ラオスには中国とベトナムの人が沢山住んでいるが、彼らは韓国と同じく陰暦の正月に休む。そうなると、ラオスではモン族の正月が始まる12月からラオスの正月が終わる4月中旬まで、様々な正月を祝う行事がある間ずっと食べ、飲み続ける。
ところで、自分がここで感嘆したのは、正月の行事ではなく、ブンバン(Boun Ban)というまちの祭りだ。地域ごとにそれぞれ別の日を決め、人々を招いて宴会を開く。親戚、友人、職場の同僚を問わず、皆を家に招待し、ご馳走し、一緒に遊んで過ごす。普通、招かれた人は招待した人の家だけを訪れるのではなく、その隣の家にも呼ばれて行く。ただ手ぶらで行って食べてぐでんぐでんになるまで飲む、というのが礼儀である。テーブルの上にぎっしり置かれた料理の中には、カオプン(Khao Poun)というお祭りに欠かせないそうめんが必ず出てくる。夜には、まちの広場に全員が集まり、一緒に踊りながら祭りに興じる。冬ごろにラオスを旅する際、まち全体から音楽が流れ、うるくさく賑わっていたら、それは結婚式かまちの祭りである可能性が高い。

どの国でも新年になると分け合ったり施しをしたりするのは同じだが、このように村単位で祭りを開くのは、他の国ではあまりないようだ。なぜ、これほどまでに人々に施しをするのだろうか。なぜならば、沢山分け合い、他人に与えることで、その分の福が自分に戻ってくると考えているからだ。そういう背景があり、できるだけ多くの人たちを招こうとこまめに連絡し招待する。当然、通りすがりの人でも誰でも喜んで迎える。私が思うには仏教の影響のようだが、それならば一昔前には他の国や地域でもこのような風習があったはずだ。しかし、他の多くのところではこのような風習がほとんどなくなっているが、ここ、ラオスでは現在もその風習が活発に生き続けている。「カンハイ プウン クォイ ミクワンスク」。
他人に与えると自分に幸せが来る、という格言だ。

村の宴会に旅人を迎える様子

共に生きる人たち

「ラオスには孤児院がない。親のいない子どもたちは、どんなに遠い親戚であっても連れてきて育てるし、隣の人たちでも面倒をみてくれる。一人の子どもを村が育てるというのがここではとても当たり前のように行われている。1、2歳の子どもも一人で村中を歩き回り、遊ぶ。村中の人々が共に育てているから可能なのだ。子どもたちの面倒をみるのは、主に年長のお姉さんやお兄さんたち。放課後、子どもたちの主な仕事は、幼い子どもたちの面倒をみること。子どもが子どもを抱いたり、おんぶしたりして世話をしている姿は、ここではありふれた風景だ。」ラオスの南部地域のパクセ(Pakse)という地域で活動している韓国の団体JTSのボランティアとして暮らしているベ・へジョンさんの観察だ。

ラオスの食卓文化も共に生きるという文化にふさわしい。韓国では一昔前、客人がくると、「スプーンをもうひとつ置いておけばいい」と考えて、さりげなく客人を受け入れ、一緒に丸い食卓を囲んで食事をしていた。ここラオスでは「ひざの入るスペース」さえあればなんとかなる。普通、床に座って食事をするため、ひざが入ると家族の一員になれるのだ。よく固まるもち米が主食であるため、手でご飯をにぎって食べ、おかずも手でつまんで食べる。スプーンは、スープを飲むときやおかずを取るときに使う。一方、西洋のようにテーブルや各種の道具を使う食文化においては、人を招くには少々ややこしいところがある。いわゆるセッティングが必要になるからだ。テーブルや椅子がなければならず、フォーク、ナイフ、ナプキンなどの道具も必要だ。固定された構造であるため、誰かを簡単に食事に迎え入れるのが難しい。

ラオスの人たちは、どうしてこのように分け合いながら生きていくのだろうか。食べるものがないと心配にならないだろうか?何がここの人たちの生き方の原動力になっているだろうか。ラオスは近隣諸国に比べて国土が小さく、人口も少なく、経済的にも貧しい。であるのに、いったいなぜ、ラオスの人たちは何を頼りにしてここまで気前がよいのか?未来に対する恐れはないのか?どうしていまだにシステムより人を大事にしているのだろうか?お金が重要であることを知らないわけではないのに、どうしてあくせく働かないのか?

ラオスにはまだコミュニティが存在する。様々な理由があるだろうが、その理由のひとつは一緒に仕事をしなければ生きていけないからである。家を建てること、農業、焼畑、狩猟などすべてを一緒にやらなければならない。そのため、他人に勝とうという気がない。共に公平に分け合うため、嫉妬したり、敵味方に分けることはしない。それなのに、韓国の学生たちはこんなに穏やかなまちにボランティアに来て、ラオスの学生たちを競争させ、1、2、3位を選び優劣を決めようとする。何人かの子どもたちに賞を与え、他の子どもたちと区別してしまう。彼らは、韓国でずっとそのようにして生きてきたからだ。

村の宴会には学校の友達も嬉しいお客さん(左)、ひざを突き合わせて一緒に(右)

非効率と効率、どちらが暮らしを豊かにするのか 。

システムというのは効率を求める。ラオスの人たちには本当に非効率的だ。しかし、私の目には彼らの生活はなんの問題もなく幸せに暮らしているようにみえる。ラオスを訪れる韓国の人たちが口を揃えて言うのは「あれ、ここの人たちは目があえば笑ってくれるんですね。」幸せでなければ、そんなことができるだろうか。

韓国の若者たちは混乱する。効率やシステムの国で暮らしていた彼らからすれば、完璧に非効率的な国であるにも関わらず、ここの人々は幸せに暮らしている。しかし、ここの人たちに素直に心を開いて過ごしてはいない。ラオスの人の心を簡単に受け入れないのだ。一緒に仕事をする際には、ラオスの人たちが非効率的だと文句をいう。システムがないともいう。私はそんな彼らに静かに話しをする。「あなたたちの世代が就職に困っていることは、まさに効率性のせいだ。全ての会社が経営の合理化を言っているよね?経営の合理化で最も重要なのは、どれだけ人を少なく雇い、生産性を高めるかということだ。だから、当然人を少なく雇用しようとするに決まっている。人を雇っても熟練した人、訓練がいらない人、いうことをよく聞く人を採用しようとするね。大学を卒業したばかりの人を選ぶ理由はない。だから、もし君も卒業してすぐ就職したいならば、これからは「非効率的」に人をたくさん採用してください!と主張するのはどうかな?」

「もし、ボランティア活動の認定証が必要な後輩がいれば志望してみて。世界の貧困撲滅のために寄付や教育活動を行っている○○○というNGO団体から2日間、活動してくれるボランティアを募集しています。」

これは、私がネットで見かけた文章である。世界の貧困撲滅のために、寄付や教育活動を行っているところで、活動への志しのある人を呼びかけるのではなく、「認定証」を必要とする人に呼びかけた文章だ。本質はなく、皮だけが残っている格好だ。人ではなく「認定証」という紙だけが存在する。このようにして、どうやって世の中を変え、貧困を撲滅するなどといえるのだろうか?人を集めるため、効率よく働くため、人の存在は忘れてしまう。それで人を集めて何をしようというのか?

想像を阻害する成果システム

韓国では今頃「プロポーザル」すなわち事業提案書を書く時期だ。政府、企業、団体、財団からの多くの公募展や支援事業に提出するためにたくさんのプロポーザルを書く。資金を受けなければならないためアイデアを搾り出す。ネットには提案書の上手な書き方などヒントになりそうなものも見かける。実際、上手にプロポーザルが書ける、いわゆる「選手」が必要である。しかし、このプロポーザルがどんどん「枠組み」に閉じ込められていく傾向がある。人に対する想像よりも目に見える成果を優先して示さなければならないためだ。

幸い支援が受けられ、事業の終了の時期になると報告書を書く。報告書の作成や評価をすることはすべてのプロセスを終えて、是々非々を知るためでもあるが、思考の向上やより良い想像をするためでもある。そのためには、自由な考えを盛り込むことができる仕組みが必要である。しかし現実では、報告書の条件を満たすため、誰かに「見せる成果」にすることに力を注ぐ。成果とは何だろう。どのマスコミに事業が取り上げられたかによって成功したかどうかが評価されたりもする。主要な日刊紙に掲載されたら、大成功であり、8時や9時のTVニュースに出たらそれは大ヒットである。そうなると、次の年に再び支援を受けるのは問題なしだ。

プロポーザルや報告書を通じて韓国のシステムの在り方を垣間見ることができる。形式に支配され、枠組みに縛られた書類の束。人の存在なく、数字や成果だけを基準にする標準化と計量化。そうすることで審査や評価の理解がしやすく「効率的」だという。正しい話だ。しかし問題は、審査の際、数字や成果だけで判断する恐れがあるということだ。審査の対象は多く、プロポーザルは分厚く、あらかじめ読む時間もない。こまめにプロポーザルを読む人もいるだろうが、現実には、その事業の中で呼吸している人の存在にまでは気がつかない。「この数字というやつ。そうだ。そういえばこの開発協力業界というものの土台は「経済」だったなあ。それをうっかり忘れてたね。」

人が中心になる報告書

2010年度にODA Watchでは韓国のラオス支援に対する総合評価を行った。その結果を「人が中心になる支援のための変化のシナリオ、ラオス支援の総合評価報告書」というタイトルを報告書に盛り込んだ。私たちは「人」を軸にして、支援の進行プロセスや成果を判断するために「価値」や「態度」を基準とし事業の評価を行った。そうすることで、計量化された数値で示される実績や成果よりも人に関する話が多かった。そうして初めて、現場の様子や人々の暮らしについての話がさらに正確で生き生きと伝えることができると考えたからだ。

ところが、報告書が出ると、色々なところからその形式や内容をめぐる意見が多くあった。いわゆる研究者たちから相当無視された。なぜ、こういう書き方なのか、と。誰がこれをよんで分かるのか、と。しかしながら、必ずしも彼らが理解しやすいように、彼らが慣れた言語で書く必要なないのだ。異なる方式で自由に書いたからといって、それを見下すことはできない。ひとつはっきり言える。私たちの報告書を読んでその「人々の話」に感動したある釜山に住むチョンさんは、その後、3年間ODA Watchに多額の寄付をしてくれた。時々お酒も思いっきりご馳走してくれたりする。これが成果ではないだろうか?

文章を書くということは約束である。約束を守ることで互いを理解できるため、一定のルールも必要である。しかし、そのルールと枠組みは、特定の人だけによって決められことでもなく、いつまでも永遠に続くものでもない。私たちは現場の変化を起していく人たちだ。変化を起すためには、その枠を絶え間なく揺るがし続けなければならない。特に人と人が会う開発協力分野では、新たなシステムへの悩みが切に必要とされる。そうしてこそ、人に出会えるからだ。

人が変わってこそ、政策も世の中も変わる。

システムだけでは世の中を変えることはできない。力で押し付けて変化させることはさらに難しい。力に押されたり、システムに頼りきりの変化は、その状況が変わったり、力がなくなると再び元に戻りやすいからだ。ODA Watchの例をもう一つあげてみよう。ODA Watchは2006年経済正義実践市民連合(以下略して経実連)の付設組織として立ち上げられたが、2年半後にはそこから独立した。独立にはいくつかの理由があるが、その一つは活動方式をめぐる経実連との意見の相違だった。当時の経実連は、声明の発表や記者会見などの方式を利用して、力で政策を変化させるような活動を主にしていた。しかし、ODA Watchでは青年メンバーを中心に活動をしていたため、経実連の内部から批判的な声があがったのだ。

当時の多くの韓国市民団体が、いわゆる「市民不在の市民運動」をしていると批判されていた時期だった。ほとんどの市民団体に大学生や若者の活動家がいなかった。ところが、経実連の上部の人たちからは、若者たちではなく、力により政策決定者を動かし、政策を変化させなければならないと主張したので、私たちはこう言った。「そういうふうに力で押さえつけると、力が抜けた時にすべての政策が元の位置も戻ってしまう。少しでも政策担当者の理解や同意がなければ、彼らの心が動いてから変わった政策というのは、そんなに簡単に悪化することがない。私たちはそのようなやり方で活動しようとしている」と。政策を担っている人々は、力で押し付けて制しなければならない‘対象’ではなく、説得して一緒に歩み続ける’人’である。私たちは人の心を動かす活動がしたかった。

「愛は非効率の極致です。」

格別に寒かった今年の冬、冷たい風が吹く朝だと皆が怠ける。日が昇り暖かい空気が広がってようやくぼつぼつ動き始めるのだ。まちには、学校へ向かう生徒たちの自転車が絶え間なく走り、出勤する先生たちのバイクの列も後につづく。このように少し間が抜けているように見えるが、幸せな国ラオスの情景がそこにある。それが、自分がラオスに暮す理由だ。

人の存在は消され、その代わりにシステムで溢れている韓国はどうすればよいだろうか。ラオスから少し学ぶべきではないか?次の号では人々が縦での関係ではなく横の関係で暮らしている国、ラオスについて語るつもりだ。今回の記事をしめるにあたり、最後に、韓国フェアトレード団体協議会のイ・カンベク氏による「非効率に対する考え」をシェアする。

「・・・(省略)親が子どもを育て教える行為は非効率の極致です。愛する人にそそぐエネルギーというのは、非効率の標本です。コミュニティを支える全てのことが非効率そのものです。愛は非効率の極致です。時間や才能、お金をただ使い捨てるなど非効率的な無駄です。しかし、その非効率がコミュニティを維持させ、社会を発展させ、市場を支えて、命を持続可能なものにするのです。(省略)・・・・・・」

文:イ・ソンジェ (ODAウォッチ運営委員/プディンデン村民)

原文(韓国語):라오 이야기 6. 시스템이 아니라 사람이 산다

http://www.odawatch.net/?mid=articlesth&category=27158&document_srl=42575

翻訳: チョン・ジネ/日本希望製作所元インターン

ラオスの話 (1) : 地元を守る若者たち
ラオスの話 (2) : だれが地域を守るのか? 世間の‘水’をちょっと飲んでみた若者たち
ラオスの話 (3) : ラオスを訪れる韓国人たち
ラオスの話 (4) : 韓国の青年達の感受性を育てる
ラオスの話 (5) : 現場の言い分