12月 162014
 

ラオスの話(8) ラオスは何処へ行くべきか?

ラオスは何処へ行くべきか?

学校の先生方が泣き顔だ。もう3ヵ月も給料を貰えていないせいだ。ラオの政府は2013年度の予算を組むうち、公務員、教師の月給を大幅に引き上げた。薄給に悩まされていた国家公務員達はようやくそれなりの待遇を受けられるのだと喜んだ。若者の未来の職業に公務員の人気もつられて上がった。ところが問題が発生した。予算を組む際に期待していた税金がそれほど集まらないのだ。政府で推進中の200余りの事業が中断されたが、これでも十分で無い。仕方なく政府は公務員の月給の支給を中断した。2013年12月のことだった。

インフレーションが深刻だ。政府の発表では物価上昇率が7%だが、人々の感じる体感指数はそれよりも遥かに高い。ラオスの人々が好んで食べるフォーの価格も日ごとに変わり、豚肉と牛肉の価格は恐ろしく上がっている。宴を開き、もてなすのが好きなラオスの人々は、高騰する物価のせいでしきりに懐を気にするようになった。ラオスは過去数年間、年間の経済成長率が7~8%を超え、国家の発展に自信感を得たが、様々な要因が足を引っ張っている。2013年の中盤までラオスの通貨キップ(Kip)が勢いを見せたが、それ以降急激に弱まり、為替相場は下がり続けた。

静かに生きてきた小さな国ラオスが、世の中に投げ出された。ラオスの未来はどうなるのだろうか?政府の目指す通り、2020年には最貧国リストから脱する事が出来るだろうか?人々の暮らしが良くなり、もっと子供達を学校へ通わせ、疾病を予防して治療するならば、今よりもっと‘豊かさ’が必要だ。しかしその豊かさを得るのは簡単では無い。市場と資本で表現される厳しい世界と争いながら、ラオスが引き続き‘人’を大切に考える事は、ずっと難しい事だ。

今回のラオスの話は、つまらない政治と経済の話だ。プディンデンの片田舎に暮らす私は、ラオスの国家の発展と経済開発の事を良く知らないが、少しだけ探ってみよう。この記事では、人名と地名のローマ字表記を沢山省略している。理由は、表記がとても多く、記事を読む際に妨げになるのと、私がラオス語のローマ字表記をもう少し勉強しなければならない為だ。

サムヌア洞窟の‘パテート・ラオ’

先月ミャンマーから帰って来るや否や、すぐさまラオの北部地方へ行った。今、自分が時間に余裕があるのもあるし、雨が多く降る雨季には訪れるのが大変なのもあって、疲れた身体を引きずって再び出掛けた。十日間の日程は実にハードスケジュールだった。ラオ北側のルアンパバーン、ウドムサイ、フアパン、シエンクアーンの4県を見る為に、毎日都市の間を運航するバスに乗った。尻が痛いと泣き言を言うまで全部で45時間もの間バスとミニバンに座っていた。旅行距離は長くないが、北部は大部分が山岳なので、行けど行けど終わりの無い山道が続く為だ。

ラオ北部は中国とベトナムに隣接している。今回の旅行の目的は、この2つの国の影響を見る為だ。すでにかなり影響を受けていると言うのだが、自分の眼で直接実情を見て感じたかった。短い日程であったためじっくり見る事は出来ず、駆け足で開発と変化の現場を見て来た。

今回の旅行のもう一つの目的地は‘サムヌア’だ。サムヌアはラオの東北方面の果てにあるフアパンの道庁所在地で、ベトナム国境に近い。当然ベトナムとの交流が多い。私が暮らすワンウィエンではサムヌアの話を沢山する。多くのワンウィエンの人々が、30~40年前にあった戦争の際にサムヌアから避難して来た為だ。今回の旅行を共にしたラオの弟‘ヌー’は、ワンウィエンで生まれて育ったが、両親はやはりサムヌアから来た。ヌーは、長い間両親の故郷に行って見たいと話していた。友達同士酒を飲む時にはサムヌアの話を度々した。「ヌー、サムヌアの女が綺麗だって話だから、すぐに行って嫁さんになる女を連れて来なきゃ。」

普通のラオスの人にとっては、サムヌアと言えば真っ先に思い浮かぶのは‘パテート・ラオ’だろう。パテート・ラオとは、「ラオの国」という意味だが、共産主義左派グループのことを指す。パテート・ラオは、ここサムヌアに拠点を置き、隣のベトナムと共にラオスの右派とアメリカを相手に戦い、勝利して現在のラオスを作った。ラオス初代の大統領である‘カイソン’は戦争をしている11年もの間、洞窟で暮らした。‘秘密戦争’と呼ばれるこの戦争で、アメリカは毎日ラオスに爆弾を投下した。洞窟案内をしていた‘オン’が話すには、「米軍がベトナムとラオスにすごい数の爆弾を放ったのだけれど、ラオスにだけ300万トンの爆弾を投下したんだよ。それで、当時ラオスの人口が約300万人だったから、1人当たり1トンずつの爆弾を投下した計算なんだよ。」アメリカは、こうやって浴びせても戦争で負けたのだけど、その時の不発弾が今でも爆発して、その爆風で人々を傷つけている。

カイソン洞窟入口(左側一番目)と洞窟内部の様子

カイソン洞窟入口(左側一番目)と洞窟内部の様子

ラオスの国民は、国家指導者たちを尊敬している。共に戦い、国を作った為だ。公務員たちが月給を貰えなかった時にも大きな動揺が無かった。それだけ国家と政府を信頼して尊重しているからだ。私はサムヌア山中の洞窟でラオスの深い根を見て来た。すでに数十年が過ぎたけれど、あの洞窟の中に有る勢いが感じられた。独立と自由と闘争の力強い勢いを。

大きな国に囲まれた小さな島

ラオスは小さな国だ。国境を突き合わせている隣国達と人口を比較してみよう。ラオスが670万人なのに対して中国は13億6千万,ベトナムは9250万,タイは6740万,ミャンマーは5520万,カンボジアは1520万だ。カンボジアは2倍余りだが、残りはほぼ10倍以上多い。

これまでの10数年間、ラオスは政治的にはベトナムと、文化的にはタイと密接な関係だった。独立戦争を共に戦ったベトナムとラオスは現在の国になり、ラオスで高官になろうとするならばベトナムで研修に通わなければならないと言う程に近い間だ。言語が似ているタイのテレビ放送は、ラオスの夕食時間の食卓を彩った。バンコクで大規模デモが続き、タイに来る観光客が減ると、ラオを訪れる観光客も減る。多くの人々がタイを経由して来る為だ。ラオスを訪れる外国人観光客の50%はタイ人で、市場へ行くとタイの品物が半数以上だ。

ところが、最近この構図が変わり始めた。まさしく中国のせいだ。これまで静かだった中国が、経済規模が大きくなり動き始めた。非常に遠いアフリカにも中国人を沢山送り交易を拡大していて、すぐ隣接するラオスへのその影響は言うまでもなく大きい。少し誇張して表現すると、ラオスという‘獲物を完全に食らう勢い’だ。

ベトナム,タイ,中国が全てラオスへ投資を増やし、お互いに最大の投資国になるのだと競争をしている。日本は中国を牽制する為に援助を大幅に増額して、投資を増やしている。アメリカの国防長官はラオスを訪問して、自身たちが放った不発弾の除去をするのに大々的な支援をすると約束した。静かな国ラオスが、突然大きな国々の遊び場になっている。

サムヌア市内ベトナム会社看板

サムヌア市内ベトナム会社看板

中国とベトナム人。どう考える?

北部地方の現場で感じる体感は普通じゃなかった。漢字とベトナム語で書かれた看板が軒を連ねている。街中で中国語とベトナム語をよく聞く。あちこちで建物を建て、道路を敷いている。ラオの人々はどう思っているのだろうか?人々の話を少し聞いた。

ウドムサイ市内の中国セメント工場の工事看板

ウドムサイ市内の中国セメント工場の工事看板

-ウドムサイ道立病院の外科医‘プノン’
「街に中国人が沢山見えるし、中国語の看板も広まっています。これだけ中国人が沢山来る理由は何ですか?」
「何よりも距離が近い事でしょう。北部地方のウドムサイ、ルアンナムタ、ポンサリにとても多いです。」
「中国人達は主にどんな事業をするのですか?」
「ほぼ全ての事業をしますよ。最初はホテルや飲食店です。2番目は商店ですが、百貨店のような大きなお店もあって、服、靴、機械工具、家具屋など手を付けていない物は無いですよ。3番目は緑茶工場などの加工工場です。4番目は農場ですが、バナナ、ゴムの木、スイカ、とうもろこし、豆などの実に多様な作物を植えています。バナナは収穫して中国へ持って行きます。最後は建設,土木工事をする企業ですが、規模が小さい物もあるし、非常に大きな物もありますよ。」
「中国人が沢山来る事で良い点と悪い点は何でしょうか?」
「投資が増えて開発がされるのは良い点でしょう。ですが、ラオの人々と関係が良くないのが問題なのです。中国人達がラオの人々を尊重しないんです。関係よりもお金を優先して、得意先より、何より安い値段を好むのでしょう。長期的に人々の関係を崩壊していく可能性があります。」
「これからも継続して中国人が増えていきそうですか?」
「それは無さそうです。政府から救済しようという動きがありますから。ラオスは人口が少ないのに中国人が増えて行ったら問題が生じるからでしょう。」

-サムヌアのカイソン博物館ガイド“オン”
「私がサムヌアに来て見てみたら、とても静かですね。市内の道路が広いのに対して、人も車も多く行き交っていないです。それにベトナム人が多いみたいですが、少しお話して下さい。」
「国境が近いのもあるし、戦争時から非常に多く人々が行ったり来たりしていたせいか、今でもベトナム人が多いんです。」

サムヌアのカイソン博物館ガイド“オン”

サムヌアのカイソン博物館ガイド“オン”


「ベトナム人は主にどんな仕事をするのですか?」
「建築と土木関連の大小の会社は大部分がベトナム人です。特異な事は、ベトナムの美容室がとても多い事です。」
「中国人は沢山来ますか?」
「もちろんです。段々中国人が増えてきています。市内に中国の市場が別途にありますよ。」

-プンサワンで食堂を経営するスッチャイとプ
「中国人とベトナム人についてどう思いますか?」
「ここは中国人よりもベトナム人の方が多いですが、私は彼らのことがあまり好きではありません。なぜなら、ベトナム人はラオスの人間を尊重しないからです。でも、中国人でラオス語を学ぼうとする人は殆どいないのに対し、ベトナム人はラオス語を学ぼうと努力している点はいいです。」(プ)
「私は中国人・ベトナム人がとても嫌いです。特に中国人が嫌いです。うるさいし、汚い。道端でどこでも構わずつばを吐き散らすし。人は他の国へ行ったらその国を尊重するのが普通なのに、中国人はそうではないようです。近所に中国人が住んでいますが、騒がしいし、よくケンカをします。」(スッチャイ)

-今度一緒に旅行に行ったヌ
「ヌは中国人とベトナム人とどちらがより近しいと思う?」
「同じくらいです。大きな差はありません。でも国の間ではベトナムの方がより近いでしょう。もしラオスが助けを求めたら、喜んで来て助けてくれるでしょう。」

「今回、旅行をしながら中国とベトナムが信じられないほど影響力を伸ばしているのを見ましたが、どう思いますか?」
「私が見るに、ラオスが開発することで中国とベトナムに依存し過ぎているようです。このままだとラオスが思い通りにいかなくなるような厳しい現実が待っているかもしれません。」

ラオスが生き残る道は?

ラオスが大きな国々に振り回されずに生き残れるだろうか?難しい問題だ。ラオスは’7次 国家社会経済開発 5年計画(2011-2015)’を推進して、持続的で安全的な高速成長、農村基礎インフラ開発、UN(国際連合)新千年計画目標(MDGs)等を達成しようと苦心している。経済、社会開発の為に外国の投資を積極誘致して、援助も沢山受けている。海外のマスコミにラオスが行って見るべき国として紹介され、観光客も速い速度で増えている。

ラオスは‘東南アジア諸国連合(ASEAN)’のメンバーだ。アセアンは2015年12月に‘アセアン経済共同体(AEC)を
発足させる。アセアン10カ国が単一市場と生産を基盤に形成した、競争力を備えた経済ブロックを作るという計画だ。経済共同体になったらラオスにはどのような利益があるのだろうか?もしや競争力が無く、損害がさらに増すのではないだろうか?

ラオスは、周辺国の影響が段々大きくなって依存度が高まっている。タイ経済が停滞すれば、ラオスも停滞する。タイがラオスで電気を買い、工場を回しているからだ。世界の景気が悪くなれば、ラオスは息の根を止められてしまう。市場と資本が自由化されればグローバリゼーションの影響を受ける。国家開発の方向性について、政界内部の意見の相違と国民との関係が悪くなる可能性もある。開発の恩恵が平等ではない場合、社会的な不安要素がある。

ラオスは‘富’を得るために、様々な選択の中から3つを優先的に推進していた。初めは鉱山開発、2番目はダム建設と電力輸出、3番目は大量造林の為の土地貸し出しだ。全て天然自然と関連がある。外部の変化に最も密接に影響を受ける。ラオスに投資する国々が少しでも揺れ動けば、ラオスは当然傾いていく。資源は容易く枯渇する。自ら付加価値を高めない限り、高い収益を得ることは難しい。開発と言うが、外国の資本が入って行う事であり、収益の多くの部分が資本提供国に落ちていく。大型の土木・建築工事は、大部分を中国とベトナムの取り分だ。未だラオスは技術・装備が不足している為だ。いつ教わり、自分たちで出来るようになるのだろうか?

東南アジアのバッテリー

国の真ん中にメコン川を挟むラオスは比較的水力発電をしやすい。自然と沢山のダムを造り、電気を作り、国内でも使用して輸出もして来た。「ラオスは最近メコン川の開発が本格的になって来て、メコン川最大の地理的株主として豊富な水力を活用した水力発電を通して、電力輸出で‘東南アジアのバッテリー’の役割をしている」は、韓国のマスコミに掲載された代表的なラオスの紹介だ。

メコン川のダム現況

メコン川のダム現況

これまでメコン流域にダムを建設して、環境,移住などの問題があった。その為近隣国家間で協議体を構成して、開発による問題を減少する為の努力をしてきたが、最近、今までとは比較にならない事が広がっている。2000年代に入り、メコン川本流に大型ダムを11箇所造ろうという計画が相次いで発表された。これまでに造ったダムはメコン川の本流ではなく、支流に建ててきたのだが、本格的に本流に造ろうと言う為、国際社会に動揺が拡がった。

約6千万人が居住しているメコン近隣の生態系に非常事態が巻き起こった。ラオスは国際社会の激しい反対にも関わらず2012年末、サイニャブリダムの建設を始めた。タイが38億ドルを投資してダムを建設して、電気もすべてタイから買っていった。ラオの政府はダムの建設過程を厳格に、細かく管理(?)しているが、外部の人の出入りを統制しながらラオスに駐在する外交官とマスコミを定期的に招待して建設過程を見せている。

この事業を無難に進行していると考えるラオの政府は次の段階に進んでいる。今回はカンボジア国境すぐ上のシパンドン地域にドンサホンダムを造ろうと計画を無理強いしている。256メガワットを生産するこのダムが完成されれば魚達の回遊(Fish migration)に深刻な問題が生じると心配されている。カンボジア・トンレサップ湖の魚とベトナム・メコンデルタの広大な水田は皆、悪い影響を受ける事が予想される。1995年にメコン国家たちが締結した‘メコン川協約’は、メコン川本流にダムを建設する時は近隣国の同意を得るようにしている。カンボジア、ベトナム、タイが全てこのダム建設を反対しているのに、ラオスはこのダムは様々な水路の一つにすぎない為、条約違反では無いと主張している。

誰の為の電気を生産するのだろうか?ラオスはまだ全ての住民達に電気が供給されてはいない。送電線が多く通っている北部の山間地方には電気は無く、電気線だけを見つめて暮らしている。自分の国で電気を作って使わず、何故他の国の電気を買って問題を起こすのかと、タイの人々を責めなければならないのだろうか?タイでは環境規制が深刻で、地域からの大きい声の為にダムを造る事が出来ない。資源というものがメコン川一つしかないラオの人々が、その川を開発して暮らして行くのだと言った。一人だけ意地を張っているのだろうか?仲良く川を行き来しながら暮らして来た人々が、今や死に物狂いで川を巡って争っている。誰のせいなのか?

木の無い山岳国家?

3~4月 乾季のラオスとタイの北部地方では山火事が頻繁に起こる。自然に発生するのでは無く、農夫達が火をつけるのだ。山に火をつけ、そこで農業をする火田。政府はこの火田が森林を破損して、煙を発生させ空気を汚染させると非難した。しかし、火田は一定の地域を回りながら自然を壊さない程度に行っている。森林が無くなって行ったら、結局自分が暮らす土地が無くなってしまうというのに、誰が馬鹿みたいにそんな事をするだろうか?数百年暮らして来た土地だというのに。

ウドムサイ近隣の火田(左)、運搬中の大木

ウドムサイ近隣の火田(左)、運搬中の大木

この火田よりも森林を破損する事が伐木だ。大概は短い時間で利得を得ようとしての事だ。道を行くと、大型トラックに積まれたものすごく大きな木に目をひかれる。こんな大木がどこで生えているのか?誰がこんな大きな木を切るのか?マスコミ報道によると、不法に木を切る人が多くいるという。所謂金持ち企業が、力のある権力者がしで行っている事だ。ところがその結果は、力無くお金も無い住民達に良くない形で帰って来る。山が荒廃していくと、山に暮らしている住民達の暮らしの基盤が減っていく。

ラオスの森林を破壊するもう一つの主犯は大量造林だ。山に木がぎっしりとある為、問題が無いように見えるだろうが、実際はそうではない。一つの品種を植える為、生態系が崩れ環境が破壊される。パルプ,木材,ゴム,バナナ,緑茶を得る為に、企業がラオスに寄ってたかるのだ。長期に土地を貸し出すことで出る賃貸料が、ラオ政府にとっては大きな収入だ。地方政府の無分別な賃貸を中央政府がコントロールしているのだが、切実にお金が必要な人々は止めることがない。

大量造林の代表格はゴムの木だ。東南アジアに芽を広げ登ってきたゴムの木は、タイを越えてラオスを覆っている。普通は企業がゴムの木を栽培するが、現金収入の為に段々農民たちも植えるようになった。私がよく訪れるワンウィエンのナモンヌア村でも、ゴムの木が増加している。村人達に、農業を少なくしてゴムの木を沢山植えたら将来的に問題になるのではないかと尋ねてみたら、すぐに現金が手に入る為に魅力的なのだといった。このままではまともな木も無い山岳国家になるのではないだろうか?

ラオス政府と中国政府は2014年3月,両国の国境地帯の山林を保存して拡大する為のプログラムを運営する事で協定を結んだ。協定を結び、ラオの農業山林部次官の話では「ラオスは1960年には国土の64%が山林だったのだが、2001年には41%に減少した。2020年には再び70%に回復する事が目標だ。このプログラムはこうした努力を支えるものだ。」中国がラオスの山林を多く破壊しておきながら、一方ではこうしたプログラムを支援する事は大きな矛盾だ。

高速鉄道とラオスの選択

ラオス-中国高速鉄道路線図

ラオス-中国高速鉄道路線図

ラオスの未来を置き換える程の大きな話がある。高速鉄道を造る事だ。中国・雲南省のクンミンからラオの首都ビエンチャンまで420km、時速200km以上で走る鉄道を造る事業が推進されている。クンミン‐ビエンチャン‐バンコク‐シンガポールを連結する、中国の野心が詰まった計画の一環だ。この鉄道が造られれば、中国の商品が東南アジアに広がり、東南アジアの天然資源が中国に行く。420kmの鉄道は山岳地域であるラオ北部の山と河川を通過する。当然、自然の破壊があるだろう。高速汽車が走る速度の様な速さで全ての事が変化するだろう。

果たしてこの鉄道を造られるだろうか?賛成と反対意見が拮抗している。最も大きな心配事は、この事業にとてつもないお金がかかるという事だ。総工事費は70億ブール、韓国ウォンにすると7千億ウォンに昇る。問題はラオスの2012年国内総生産(GDP)が総額96億ブールだったという事だ。ラオスの一年間の総生産と相違ない規模の工事を行うという計画だ。ラオスにお金があって鉄道を造るわけではなく、中国の輸出入銀行から借り入れを行うのだ。借金で造るという話だ。

ここ何年かの間続いた論議は、2012年10月ラオスの議会が借り入れを承認した事で更に熱くなった。国際通貨基金(IMF)、国連(UNDP)等の国際機構が声を一つにして警告した。「この借り入れを行う場合、ラオスの外債がGDPの32.5%から125%に増加する。事業の運営が上手く行かない場合、ラオスは大きな危機に陥るだろう。」ラオの政府が議会に提出した計画書によれば、ローンは鉄道事業で出る収益と鉱山で得たお金で返済する予定だ。

高速鉄道事業は、ラオスの経済発展の為に絶対に必要な事だろうか?この鉄道が造られたら何を運ぶのだろうか?乗客はそれほど多くないだろう。でなければ、カリウム・銅、金を運ぶのか?万が一国際市場でラオスが多く輸出している銅の価格が落ち込んだらどうなるだろうか?ラオ政府は主張する。“ラオスはこれ以上、囲まれる国ではなく、連結する国にならねばならない。それが生きる道だ。”

国際社会で‘大規模事業を行う企業達のゲーム’と表現されたりもする。国家の最高議事決定の構造が公開されない現実。一つの党が支配する国。国民達も、国家指導者達も、未来に対して確信が無い。再度論議をするという噂も耳にするが、2014年4月、中国•海南で開かれる両国会談で、高速鉄道建設を継続して推進する事にしたとラオの英字新聞ビエンチャンタイムズが報道した。

もしや中国の花見劫(事務局註:勝ったときの利益が大きく、負けた時の損害は軽微だという囲碁の形)ではないだろうか?中国は高速鉄道事業が興盛しても良いし、潰れても良い。興盛すれば東南アジアに中国の影響を広げる事が出来るし、潰れれば借金をしたラオスをぎゅっと掴む事が出来る。天然資源だろうと何だろうと、その対価を思いのままに持っていける。この借金が、中国にとっては一部だがラオスにとっては“全部”だ。永遠に借金取りになれる。わたしはムカッとした。どうなるのだろうか?

普通の人達の未来は?

この記事を始める時、サムヌアの話をした。ラオスは指導者と国民が共に力を集めて立った国だ。国民は国家と指導者を信じてついて来た。これからもずっと国民の支持を受けられるだろうか?次第に、国を立てた革命世代が引退して、その子孫達が国家指導者になっている。独立と自由の革命精神は生きているのだろうか?ラオスは強力な政治、社会、統制システムによって社会が安定している。その基盤には国民の、政府と政治に対する信頼がある。ところが開発しなければとなって、自分が住んでいた土地を離れ、引越せと言い、公務員の月給は滞っているのに、高級車に乗る人は増え、近隣国の人が来て私達を無視する事が頻繁に起きたら、優しいラオの人々も我慢できないだろう。そうなる前にみんなが共に暮らせる道を探さなければならない。世界にお金は沢山循環しているが、人々は不安だ。良い車も買いたいし、丈夫な家も建てたい。子供達を大学にも通わせたい。だけれど、国が富者になるほど“富”が自分のポケットに入って来ない。例えもっとお金を儲けても、金遣いが荒くなり、物価も高く残るお金が無い。事業が上手く行くか、受け継いだ土地を売れば富者になれるかも知れないが、これが’普通’の人々の生活ではないだろう。

最初のラオスの話で紹介した、シアンカーン•ポンサワンの‘ラー’と‘チャイ’に今回の旅路で再会した。これまでどのように過ごして来たのか気がかりだった。二人ともシアンカーンにある大学に通いながら経営学を勉強している。典型的な都市の若者だ。会ったついでに、これまで私が書いたラオの話も紹介した。話をしながら彼氏はいるのかと聞いたら、2人ともいないのだと言う。「恋愛盛りの年頃なのに、どうして彼氏がいないの?」「勉強することで、付き合う時間が無いんですよ。卒業して就職したければ今から頑張らなくてはいけないんですよ。」本心なのかは分からないが、冗談でもこんな話をするのは、それ程未来が確実でないためだ。国は発展しているが、若者の未来はどこにも無い。ラオスにも韓国にも…。

4月14日からの3日間はラオの正月“ピーマイ”だった。人々は過ぎた事を整理して、新しい1年を祈願する。家族が集まり、暖かい情を交わして寺院に行き、安泰を願う。午年を迎えて一生懸命走る準備をした。交わる事が好きなラオスの人々は、酒を飲み、踊り、遊ぶ事を怠らない。ありがたいことにラオス政府は、昨年滞っていた公務員の3ヶ月分の月給をピーマイ前に支給して、この楽しい宴を激励した。しかし、私はこのつまらない記事を書く為に35度にものぼる暑い日に、机に向かい座っている。何故だ?ラオスの未来が心配になってか?

何回かにわたってラオスの話を書きながら、ここが人の生きる場所だ、とラオスの自慢を沢山して来た。そうだ。人々が互いに手を取り合い、助け合って生きる場所だ。けれども、いつまでそうやって生きていけるだろうか?変わって行くラオスはどこに行くのだろうか?人が中心になる開発は出来るだろうか?私はどうしてここにいるのだ?この、変化の土地で出来る事は何だろうか?

文: イ・ソンジェ (ODAウォッチ運営委員/プディンデン村民)

原文: 라오 이야기 8. 라오스는 어디로 가야 하나?

http://www.odawatch.net/?mid=articlesth&category=27158&document_srl=442276

翻訳:コリチーム(竹内未記)

ラオスの話 (1) : 地元を守る若者たち
ラオスの話 (2) : だれが地域を守るのか? 世間の‘水’をちょっと飲んでみた若者たち
ラオスの話 (3) : ラオスを訪れる韓国人たち
ラオスの話 (4) : 韓国の青年達の感受性を育てる
ラオスの話 (5) : 現場の言い分
ラオスの話 (6) : システムではなく人が生きている
ラオスの話 (7) : 垂直の人生から水平の人生へ