5月 282015
 

写真朴茶仁(パク・ダイン)写真展
 「小さな祈り」from ペンモク港 to ソンミサン・マウル

於 「ほっとマンマ」(東京江戸川区) 
2015年5月11日~24日
主催 Our Story  (http://ourstory.link)

2~3歳ぐらいの子どもが、絵がかかれた立て看板の前に立ちつくしている。その絵は、海の中に沈んでいった子どもたちを、母がつつみこむように抱えている絵だ。船が描かれそこには十人ぐらいの子どもたちがみえる。この絵を見る小さな子どもは、どうしてこの子たちが海の中にいるのだろうかと、絵の描く世界に入りこんで考えていたのだろうか。子どもの背中がこんなにも饒舌なのか、朴茶仁の写真にはそうした声をひろう力がある。

写真 1「なぜ船の中に人がいるまま海に沈んでいるの?」
「その人たちを海の中でかかえているのは誰?」
と問いかけているかのようだ。

朴茶仁の写真は、この写真の他にも、セウォル号犠牲者への追慕のしるしに見入る小さな子どもたちの姿を、静かにうしろからとらえている印象的な写真が複数ある。ソウル市庁舎前広場に、黄色い無数のリボンがむすびつけられたポールがたちならぶ中の子どももその一つだ。黄色いリボンで埋め尽くされた空間に、黄色い上着を着た小さな子どもが、その手をのばし、目を注いでいる。この姿を遠くから、しかし、しっかりととらえ、子どもの心に響いたものをうつしだそうとする写真だ。

こどもの背中を通して伝わるメッセージが、このように強いものかと驚いた。こどもの背中を通して見る私たちの、あまりに愚かで無力な現実、それになすすべもなくいる大人たちに、子どもたちは冷静な目をそそいでいるかのようだ。写真をみていると、この子たちに真実を見透かされているかのような気分になるのだ。そして、こんなに大きな問題に対して、このような小さなこども一人であっても、どのようにその現実とむきあうのか、とまで考えさせられる。さらに写真を見ていると、この小さな子どもは、写真を見る自分自身にもなるのだ。
写真 2
雑誌「社会運動」417号 表紙の写真は、セウォル号犠牲者追悼そして真実究明を求める目的で、黄色い紙で船の形につくられた折り紙が、ソウル広場をうめつくしている写真だ。写真から見ただけだが、紙の船には線香がたてられているのだろうか。一つとなったこの空間に広がる黄色のイメージが、セウォル号犠牲者に対する個々人のばらばらな思いではなく、「共有された記憶」であることを、この朴茶仁の写真はとらえている。そこには、悲しみと共に希望を見いだしたいという願いもこめられているように感じられる。

もう一つの圧倒的な黄色のイメージは、犠牲者の母親が編む、子どもたちの座布団の写真だ。黄色い毛糸(あるいは他の素材の黄色い紐?)を必死に編む作業に没頭することで、母親たちはその時間はせめて子どもたちのことを考えて苦しむ時間から一時解放される。写真にうつしだされた黄色は、深い苦悩を共有する象徴する色として、写真を見るものの心につきささる。
コースター
この写真展は、「NPO法人ほっとコミュニティえどがわ」での開催ということで、この写真展を通じてセウォル号被害者の隣人として、韓国で実際に活動している人々ともつながれることが、この写真展の魅力でもある。朴茶仁の写真をメッセージはがきとして、私たちからもメッセージを送ることができるのだ。さらに写真はコースターとしても素敵に作ってあり、そっと生活の中で思いをはせさせる、というのもよい考えだ。こうした創造的な作業こそが、人々を「私たち」にしてくれ、記憶の共有を可能とし、当事者としての隣人にさせてくれるのだとおもう。

文:黒川妙子/インド芸能研究者、聖心女子大・恵泉女学園大学 非常勤講師、日本希望製作所“コミュニケーションのためのハングル”講座受講者