7月 282015
 

「2017年、新しい“進歩執権計画”が必要だ」― ソウル大チョ・グク教授<プレシアン>インタビュー (1)

表現の自由、政権によって異なる?

プレシアン: 社会民主化の側面からみた時、現在の刑法秩序で篩に掛けなければならない部分が多いと書かれました。最近の状況を見ると、「表現の自由」と関連して保守の論客が告発すると、検察が捜査し、法的処罰を受けるなど、政治的に利用されています。

チョ・グク: 2011年のソウル市長補欠選挙の当時から今まで告訴状が定期的に届いていて、10件ほどに上るのではないでしょうか。 ビョン・フィジェ、チョン・ミホン、カン・ヨンソク秘書官、西北青年団などが名誉毀損などで検察に告訴しました。

『節制の刑法学』の第8章「事実の摘示・名誉毀損罪および侮辱罪の再構成」に該当する部分ですが、「名誉を毀損してはならない」という方が正しいのではないでしょうか。しかし、名誉毀損を犯罪として処罰するというのは、市民の表現の自由を制限する方式でしか現れません。政権がマスコミを対象にしたりすることもあれば、市民を対象にすることもあります。

他国では、悪意を持って虚偽事実を流布している場合は、処罰の対象ですが、事後に見たとき、部分的に虚偽が発見されたとしても、問題になった当時の時点で十分に疑う合理的根拠と理由があれば、そもそも犯罪にはなりません。

多くの人がノ・ムヒョン(盧武鉉)元大統領を非難しても、侮辱罪や名誉毀損罪の捜査が進みませんでした。ところが“ミョンバク(パク)クネ”政権になり、大統領に対する風刺と批判には、すぐに捜査機関が動き出します。進歩政権であるか、保守政権であるかによって、「表現の自由」がガラリと変わるのです。故ノ·ムヒョン元大統領は、「大統領を罵ることは、民主主義社会で主権を持つ市民の当然の権利」であると言いましたが、パク・クネ大統領は「大統領に対する冒涜的な発言が、その度を超えている」と言いました。進歩·保守に関係なく、特に公人に関する批判や風刺・揶揄は自由に許可されなければならないはずなのですが、今では犯罪化されているので、どのような政権であるかに応じて処罰するか否かが一定していません。

現政権は、名誉毀損罪に対する批判を考慮して“白雪姫パク·クネ”の風刺ポスターを貼ったポップアーティスト、イ・ハ氏、朴正煕元大統領の顔の一部を鶏のくちばしで描写した大学生などを選挙管理法、住居侵入罪、損壊罪違反の疑いで問題視しました。表面上は、中立に見えるように処罰したというわけです。

“表現の自由”が最大限保障されるとき、その社会共同体の創造性は、最大値となります。国が検閲し、許可された表現だけが保証される時代となってから数十年がたちました。「統合進歩党、NG!」といえば、一般市民の言語、文化などすべての活動に影響を与えます。統合進歩党の党員だけが萎縮させられるのではありません。

帝王的な大統領、司法権力まで掌握

プレシアン: 法自体が持つ保守性もありますが、その法を解釈し、執行する人たちの問題も大きいようです。検察と裁判所などの人事問題のために、権力の顔色をうかがうしかない状況を改善するには?

チョ・グク: これらの人々は、警察、検事、裁判官たちです。ところが、彼らの人事権をもつのは、最終的には大統領です。警察、検察、裁判所、憲法裁判所の4つ全てに、大統領の人事権が適用されます。大統領府が民政首席と法務部長官を通じて検事総長を統制することができます。

また、大統領が最高裁長官を任命し、任命された最高裁長官が最高裁判事と憲法裁判官3人を任命します。そこに大統領が直接3人、大統領の影響力が浸透している与党が1人、また与野党の合意で1人を憲法裁判官に任命します。9人中8人が大統領の影響力の下にある憲法裁判官です。今回の統合進歩党解散判決で8人が解散意見を出したのは偶然ではありません。

これをすべて分権化しなければならないと考えます。私たちは、大統領が最高裁長官を任命するという事実をあまりにも当たり前に思っていますが、第1共和国の時、最高裁長官は、裁判官会議の提示・請求により大統領が任命しました。キム・ビョンロ最高裁長官が、堂々とイ・スンマン(李承晩)政権の牽制と統制の先頭に立つことができたのは、このような制度的背景がありました。第2共和国憲法は、最高裁長官を判事たちの選挙で選出するように規定しました。最初の最高裁長官選挙(1961年5月18日)が始まろうとしていた時、5.16クーデターで暗礁に乗り上げてしまいましたが。

また、大統領が検事総長を任命し、検事総長が検事長を任命することに慣れていますが、米国は我が国の方式で言えば、検事長を直接選びます。ソウル市長を選ぶとき、ソウル市検事長も選ぶのと同じ方式です。このようにして選ばれた検事長は、大統領と与党にだけでなく、自分を選んだ市民の顔色をも伺わなければならないことになります。

警察庁長官についても、現在の形式的なレベルにとどまっている警察委員会の権限を強化し、大統領からの独立性を維持しつつ、警察庁長の人事を実質的に動かすことができるようになります。

大統領の権限を分散させるとすると、主に政治権力になります。民主主義が発展すればするほど、政治ではなく、法を通じた闘争が行われます。過去には「法を通じた闘争」というよりも「街角の闘争」という意味合いがはるかに強かったのですが、「法を通じた闘争」というものにさほど意味を見いだせず、つまり合法的ルートがなかったので街角で戦ったのです。しかし、民主化され、政治的な闘争や論争が、法を通じて行われる傾向が強くなりました。

今、あらゆる論争が、裁判所と憲法裁に向けられています。人々は裁判所が自分たちを擁護してくれればよくて、擁護してくれなければ嫌いになります。しかし、私たちは、裁判所や憲法裁の裁判官を選んでいません。今回の憲法裁の統合進歩党解散決定以後のパク·ハンチョル憲法裁所長とキム・イス裁判官への関心のように、重要な決定が出れば、その時初めて関心を持つようになります。

それぞれの国では、司法機関の長に誰がなるかが焦眉の関心事です。司法権力がそれなりに政治的中立性を持つことができるように組織します。しかし、進歩政権を含め、我々はなぜそうしなかったのかというと、「オール・オア・ナッシング(全か無か)のゲーム」として考えるからです。「私が大統領になれば、すべての権力を手中におさめることができる」と思うからです。

政治において分権化について話すことは、互いに一回ずつ突いたり突かれたりしながら「(司法権力を)調整しなければならない」という事実を経験的に悟るようです。改憲とは関係なく行うことができる事案なのです。国家権力における刑罰権を与野党で中立化した委員会に渡したら、その時は政界も市民も、法の権威を認めざるを得ません。

裁判所は、国家権力と行政権力を統制するために作られたのですが、統制・牽制機能が弱体化しています。裁判所もまた規律を正そうとしています。行政権力に対する司法の統制力も弱まっており、心配です。

検事長の直接選挙制も必要です。市民の立場ではぎこちないですが、過去の市長と教育監の直選制もまたぎこちないものでした。与野党を問わず権力を握れば、司法権力も一緒に手中におさめることができるので、放置しているのです。ソウル市長と教育監など直選制の副作用もありますが、民主主義を信じている人たちは、その枠組みの中で良いことが起こると考えています。

「憲法裁判所による統合進歩党の解散は、過剰犯罪化の代表例」

プレシアン:憲法裁判所の統合進歩党解散決定の判決は、国民に大きな衝撃を与えました。裁判所の決定で一政党が崩壊するとは・・・。行政権や立法権の統制手段として司法権について語りますが、政治的な葛藤が大きくなるほど司法権に頼ることもあります。ノ・ムヒョン元大統領に対する弾劾も統合進歩党解散も同様の事態でした。民主主義において、こうした現象は自然だと見ることができるでしょうか?

チョ・グク:「法治」への依存度が大きくなるのは自然な現象です。しかし、「政治的民主化」がきちんとできていたとしたら、今統制されている司法権力も同様に検証しなければなりません。

統合進歩党解散判決は、「国家権力が政党を解散させ、それらの人々を皆捜査できるんだ」というメッセージを発しています。判断基準が何なのか、憲法裁判所の判決文に記載されていますが、読んでみると政治的判決に近い。なぜなら、憲法裁判所裁判官9人のうち8人が、事実上、大統領の影響力の下にあるからです。大統領と法務部長官と党の公安ラインが意図的にしたことです。

2016年に予定されている市民の投票権を憲法裁判所が奪ったことは適切でありません。政党自体をなくしたことこそ、過剰犯罪化の代表例です。

プレシアン:裁判所の上級審に行くほど裁判官が保守的だったり、最高裁や憲法裁判所のような構成自体にも問題がありますが、いまや50代となった、良い大学を出た裁判官たちの保守性は明白です。

チョ・グク:憲法裁判所や最高裁の判事自体がエリートであり、政治的·道徳的な保守主義を兼ね備えた人たちです。したがって、表向きには、最高裁判事の構成を多様化すべきだと絶えず主張していて、僅かながらも行われていたのが、ノ・ムヒョン政権の時です。「鷲5兄弟(ガッチャマン)」と呼ばれたパク・シファン、ジョン・スアン最高裁判事が入り、いい判決が出ましたが、今は消えてしまいました。これは、すなわち、「保守派大統領が自分側の人たちで満たした」ということです。

「帝王的大統領制」を解体しなければならないということに全く同意します。そういう時に、司法権力の分権化にも一緒に興味が行かなければなりません。裁判官が最高裁判事を選ぶほか、大統領が任命することもできます。いろいろな組み合わせを考えてみることができます。

判事のエリート主義についての解決策は、陪審制の導入です。今は1%にすぎないのを、できるだけ早い時期に10%まで引き上げなければなりません。判事は、政治的に保守傾向が強いことがあり、道徳的にも保守的な場合が多くあります。良い大学を出てロースクールまで行き、判事に任命されて一生を生きてきた人であれば、普通の人の心と痛み、夢、希望、欲望などを知るには限界があります。

「次期政権、2015年の政党革新にかかっている」

プレシアン:最近の二つの代表例である「統合進歩等解散」と「チョン・ユンフェ文書騒動」は、一般国民の立場から衝撃と怒りが大きい事案です。しかし、野党はあまりにも従順で問題意識があるのか疑わしいです。

チョ・グク:「チョン・ユンフェ文書騒動」だけでも、与野党の合意で常設特検法が可決されました。確実に常設特検法が適用されるべき事案です。大統領に最も近い側近が関与しており、大統領が検察の捜査の初期に立場を表明しているような事案に、大統領の人事権が働いている検察が本当に中立的で公正に捜査をすることができるでしょうか。チョン・ユンフェ氏と関連する疑惑は、文化体育観光部の人事、乗馬協会の問題など様々なものがあります。非常に疑わしい捜査発表です。

朝鮮日報・中央日報・東亜日報まで社説を通じてチョン・ユンフェ捜査結果の発表を批判しています。このような状況で、新政治民主連合が「私たちは、数が不足していて特検ができない」と言うのは卑怯です。この言葉は、「2016年の総選挙前までは何もできない」というのと同じことです。こんなことがあっていいのでしょうか。

大衆の多くは、新政治民主連合の政党大会に関心がありません。今回の政党大会は、新政治民主連合の矛盾を前提に進めざるを得ず、現在の状態を確認する党代表選挙になるでしょう。「新政治民主連合からどのような勢力が優位を占めているか」を確認する意味はあっても、今のままでは、今後の総選挙·大統領選挙に勝つのは難しいと思います。

セヌリ党と同様に、新政治民主連合の命運も2015年の政党改革にかかっていると思います。新政治民主連合などの進歩政党よりも、むしろセヌリ党が今風の政党だと思います。体制がはるかによく取れています。端的に「ベッドは科学である」という広告を作ったチョ·ドンウォン前広報企画団長がすでに「クレイジーパーティー」というネットワーク政党を開始しました。しかし、新政治民主連合は、その議論を未だにしています。

政党改革の議論は、実際に古くからあります。正党員ありきなのか、支持者のための政党として行くのか等の議論を経て、今の政治学者のほとんどは、「ネットワーク政党なしではダメだ」と言っています。 人々は政党に加入しません。人々は手を叩くだけで満足するわけではないので、これらをどのように束ねるかを悩まなければなりません。

特に勢いがない場合に政権をとるには、人々が熱狂しなければなりません。「ノ・ムヒョンを守ろう」とか、オバマを個人的に熱望するといった理由で、人々が立ち上がらなければなりません。そうすることで、組織の勢いをひっくり返すことができるのです。今、人々が政界に悲観的な理由は、スターがいても自分の心を揺さぶられないので、人々が態度を留保するのでしょう。

星(スター)に行こうとするなら、ロケット発射台からロケットを打ち上げてはじめて行くことができますが、星(スター)に行くためのロケット発射台もなく、燃料も満足にない状態にあります。ロケット発射台は構造と組織の問題であり、燃料といえば情熱の爆発です。野党支持者たちの情熱が足りないのでしょうか? 決してそうではありません。政党が市民の心の炎をむしろ消しているのです。

2015年に、新政治民主連合の新しい党代表、そして進歩政党それぞれの人たちが政党改革と革新をしないならば、2016年の総選挙と2017年の大統領選挙の機会がすべてなくなるでしょう。それは危険です。今は、新政治民主連合を含む汎進歩革新の時期です。そして革新された汎進歩を前提に、「執権プラン」を新たに出されなければなりません。

2017年には、個人の幸せのためにも、必ず政権を変えなければなりません。保守政権で2022年まで過ごすとするなら、15年の間に蓄積される精神的ストレスを考えるともどかしいです。パク·クネ政権に入って、白髪もかなり増えました。

チョンホン・ギヘ記者、イ・ミョンソン記者 2015.01.13

原文(韓国語): http://www.pressian.com/news/article.html?no=123126