7月 292015
 

去年の春、約5年間の留学生活を終えて韓国に戻った。長かった外国生活の疲
れをとるため、「しばらく休む」と宣言した。韓国で何をしたらいいのか、や
りたいことは何なのか。そうした悩みや、お金のために就職をしたくないとい
う思いもあった。

“次の方向性を見極めるための期間”と位置付けた時間が、いつの間にかだら
だらと長引いた。そんな私に対し、両親は心配しながらも、さほどいやな素振
りを見せなかった。母親は、私がお金に困っていると感じて、すぐに自分のキ
ャッシュカードを渡そうとした。「こんな生活でいいはずはない。こんな歳で
親に頼っている訳にはいかないし…。いや、しばらくはいいんじゃないか。今
は何もしたくない…」などと思ったりしていたある日、Facebookでこのような
ニュースが目にとまった。

「あなたは“カンガルー族”ですか?」

なぜか、そのタイトルは私に向かって質問しているようだった。

カンガルー族。大人になっても独立した生活が出来ずに、経済的・精神的に親
に頼っている若い世代を指す言葉だ。親離れができない若者を表すこの言葉は、
日本では“パラサイトシングル”というそうだ。「これ、私のことなのかなぁ」
と思いながら記事をよく読むと、20代の44%、30代の34%が自分のことを“カン
ガルー族”だと認識している、と書いてあった。44%、34%…。なぜか、その数
字に安心し、苦笑してしまった。自分だけの悩みではない、皆同じなんだ、と
見知らぬ人達に妙な仲間意識を感じた。

さて、こんなに「独立」できてない韓国の若者が多いのはなぜだろうか。自分
のことをよく考えてみた。不思議なことに、苦労の連続だった留学中には「独
立」していた私が、韓国に帰ったとたん、親に「依存」する存在になっていた
ことに気づかされる。日本では、学費のために3D(”dirty” “dangerous”
“demanding”)の仕事も覚悟してやり、アルバイトでもなんとか食べていけた
が、韓国では、ちょっとアルバイトをしようと思っても、常に他人の目を気に
してしまう。30代、大学院卒、しかも留学経験あり、というスペックの人間が
アルバイトをするというのは、親にとっても自分にとっても情けないことだと
思ってしまうのだ。おそらく高学歴社会になった韓国で、就職が大変だといわ
れるのは、このような意識が根底にあるからかもしれない。期待する親と、そ
れに応えたいと思う子ども。期待に応えられるまで支援しようとする親と、親
に頼る生活に慣れていく子ども。そもそも、そうした「期待」が始まるのはい
つの時点からなのだろうか。自分の信念や価値観よりも、他者の基準や社会的
な期待値が優先し、悲しいことにそれによって人生を左右されてしまうのだ。

現在、韓国政府は若者が直面する困難な状況に対して色々な政策を打ち出して
いる。もちろん、問題には対策が必要だ。しかし、私は時々思ってしまう。な
ぜ、それほどまでに他人の目を意識しなければならないのか、と。いつになっ
たら、もう少し自由になれるのか、と。(主に韓国、時々日本在住のTokCham)