8月 272015
 

8月20日の夕方、北朝鮮軍が韓国側の対北朝鮮拡声器を狙って砲撃を加えた後、
48時間以内に拡声器による心理戦を中止しなければ軍事行動をとる、というニュ
ースをみて、すぐにソウルにいる両親に連絡を取ったが、返事がない。スーパー
で買い溜めでもしていて電話に気づかなかったのでは、という私の予想とは裏腹
に、「漢江でいつものように運動をした後、大好きなドラマの時間に間に合わせ
る為に急いで歩いていたので、電話には気づかなかった」とのこと。結局、両
親が北朝鮮による軍事挑発を知ったのは、翌日の朝刊の一面からだった。そし
て、北朝鮮が攻撃予定時刻と決めた48時間後の22日17時に、私の家族は予定通り
ソウル市内のレストランで母の誕生日を祝った。
 
準戦時状態の中、韓国では北朝鮮が報道したような市民たちによる買い溜めは
なかったし、徴兵を回避しようとした人も、海外へ逃避する人もいなかった。
普段通り休日を楽しみ、大手スーパーの売り上げは、前の週に比べて逆に減った
とのこと。徴兵期間終了予定だった軍人も、自ら除隊期間を延長する人が続出し
たとのことだ。私がまだ韓国にいた1994年当時、「ソウルが火の海になる」のを
恐れ、多くの市民が買い溜めに走った状況とはまるで違う。韓国の国民は、もう
北朝鮮の瀬戸際外交には慣れきっている。戦争が起きても互いに損だから、戦争
は絶対に起きない、という安心感もあるだろう。事実、22日から板門店で始まっ
た交渉は、25日に合意に至り、大事には至らずに丸く収まった。

しかし、金日成・金正日時代とは違い、最近の金正恩政権は今までとは様子が違
う。市民たちへの情報統制が難しくなり、権力を掌握しきれずに統率がとれず、
粛清が続いている。こういう時だからこそ、南北が一つになる日について、もう
少し具体的に思い描いてみるべきだと思う。6月になると、学校の美術の時間に
は「アカ」の絵の具がなくなるまで朝鮮半島の北側を塗りつぶし、その一方で音
楽の時間には「我々の願いは統一」を歌っていた私にとっては、北朝鮮は一度も
会ったことのない親戚であり、恐ろしい敵でもあるのだ。街頭に貼ってあった賞
金付きのスパイ通報ポスターを見ながら、周囲にスパイがいるのではないか、と
一度は考えたことがある、反共教育を受けた世代である。

韓国統計庁によると、1990年代半ばの北朝鮮の食料事情悪化から増えはじめた脱
北者の総数は、1998年までは947人だったが、2000年以降急増し、2010年10月の
時点で2万人を超えた。九死に一生を得て南へ辿り着いた脱北者に対する差別や
偏見により、第三国行きを考える脱北者もいるという。今回のような北朝鮮によ
る攻撃があると、心無い言葉を投げかける人々によって彼らは更に傷つく。第二
次大戦後、南には米国、北にはソ連が進駐して38度線が引かれ、1950-53年に朝鮮
戦争を経験するなど、南北が分断されてから今年で70年目を迎える。統一を願う
一方で、その後の経済状況の悪化や社会的な混乱を心配する者も多い。今回のよ
うな事件が、そう遠くない未来に起こるであろう諸問題に我々がどう向き合って
いくべきかを考えるきっかけになれば、と思う次第である。 (日本在住のG)