12月 272015
 

少し間があいてしまいましたが、前々回に引き続き、「W-ing」の続編です。「W-ing」の歴史は、韓国において、厳しい状況で生きてきた女性たちの歴史の一端を物語るものでもあります。<周縁>でしか生きざるを得なかった女性たちの支援を<家業>として担ってきた「W-ing」が歩んできた歴史、つまり「保護を必要とした女性と子どもの支援」から、「売買春被害の女性支援」へ、さらに「経済的自立のための女性支援」という歩みは、社会的に排除されてきた女性たちにとって必要な支援とは何なのかということを考えるための問題提起になっています。今回は、「W-ing」の歴史について、もう少し掘り下げてみたいと思います。

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obento kage「W-ing」の歴史は、朝鮮戦争直後、ペク・スナム院長が設立した「テレサ母子院」(1953.2007)から始まっている。W-ingのホームページでは、活動の歴史を、「1953年~2002年要保護女性の時代」「2002年~2006 被害女性の時代」「2006年~現在 働く女性の時代」というように、3つに分けて紹介している。

1950年に朝鮮戦争が勃発し、韓国社会は貧しく混乱した状況が続いていた。そんな時代、「テレサ母子院」は福祉施設として、戦争孤児、困難を抱える女性や子どもたちを保護してきた。1966年には、経済的な支援の必要性から、「ウンソン職業補導所」を設立し、貧困に苦しむ女性たちに、美容、洋裁、家政婦などの職業訓練を行ってきた。そして、1976年5月には、母子院は「社会福祉法人ウンソン院」へ、1986年2月には、職業補導所から「ウンソン職業技術院」となり、未婚の母を保護する事業がさらに追加されることになった。

2004年に制定された「性売買防止法」は、女性が被害者であることが強調されているが、それにともない、ソウル市の委託事業として「タシハムケシムト(再びともに休む場)」を開設するに至った。そして、性売買から脱出しようという女性の自立支援のために、「ヒュースキン&ボディ」(2005年)というスキンケアショップ創業の支援を行い、仕事を持つようになった彼女たちのグループホームを開設した。

しかし、経済的な支援だけでは、心に傷を抱えた女性たちを「回復」することは難しい。彼女たちの精神的治癒のために、被害女性たちが直接語り、それを文章に綴る「治癒的綴り方ワークショップ」など、さまざまな試みを行ったりもした。

さらに、2006年には、「W-ing」は、「福祉施設」から経済的自立のための「センター」として、方針を転換して活動を進めていくようになった。3月には、女性たちが主体となり自らの人生を切り開いて行こうという趣旨で、「人文学アカデミー」が始まった。この講座は、哲学を専門とする講師が、ニーチェの哲学を分かりやすく説明し、その内容について各自が考えたことをまとめてレポートを提出するという内容だった。チェ代表は、「ここでの女性たちは、<勉強>ということに負い目を感じている人たちも多い。机に座って本を読んだり、何か文章を書いたりするということは、容易なことではないけれど、彼女たちが自尊心を持つために有効ですし、何よりも考え、省察する時間をもつことの意味が大きいんです」と語る。参加者に聞くと、宿題をすることを通じて、いろいろなことを考える機会になったという。2007年には女性のための自活センター「女性成功センターW-ing」と名称を変更し、働く場の創出に主眼をおいて、保護の対象者としてではなく、女性たちが主体となって、仕事と暮らしを行えるような事業を展開するようになっていった。

「W-ing」の歴史は、韓国の女性たちが歩んできた困難な歴史の一端を物語るものだ。開設当初の売春被害の女性たちへの支援から、現在は、DV被害や低所得者層の女性たちへの支援へと広がってきているが、経済の自立が女性たちを主体的な存在へと変容させるという方針がぶれない軸となっている。そして、人間としての尊厳を取り戻すための<学び>と<暮らし>の支援が現在の事業の柱となっている。

その<暮らし>を支える事業として、女性たちの力になっているのは、居住支援である。ソウル市からの委託で運営している賃貸住宅「サンド洞私たちの家」は、所得が月額120万ウォン未満の場合、毎月80,000ウォン~ 160,000ウォン(約9,000円~18,000円)という賃貸料で部屋を借りることができる。部屋は1年契約で最長5年まで更新することができる。賃貸住宅であるが、月一回の食事会に参加することが条件だ。料理の準備も持ち回りで担当し、食事をしながら関係性を築いていくという「共同体」として位置づけられている点が、ほかの住宅と異なるところだろう。何よりも、収入が増えなくても支出する固定費が下がれば暮らしはずいぶん楽になる。居住支援の意味は大きい。

カフェで働く若い女性とことばを交わす機会があったが、彼女は「W-ing」の代表になることが夢なのだという。現在のチェ・ジョンウン代表は、創始者であるペク・スナム院長のお孫さんにあたる。実は「家業」として引き継いだ形だ。

現在「W-ing」は、「新吉洞のあの店」というカフェ、「オードッパプ新吉店」「オードッパプ弘大店」というどんぶりの店、インターネットでの天然染色のスカーフなどのネットショッピングなどを行っている。韓国を訪れた際には、観光の合間にトッパプ(どんぶり)の味見をしてみてはいかがだろうか。

(以上は「W-ing」のHP http://w-ing.or.kr/ を参考にまとめたものです)

文:桔川純子
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