4月 142016
 

“私と一緒に子育てを楽しむパパは、いませんか?”

最近、パパの子育てが話題だ。パパの登場するバラエティ番組が視聴者の関心を集めている。父親の育児の必要性や利点を明らかにするドキュメンタリー番組もいくつか登場した。実際に父親が育児に参加したり、関心を持つことは以前に比べて格段に多くなった。上の子が通う保育園のパパたちを見ても、実に熱心に育児に参加している。一昔前とは確実に変わったのだ。育児休業する父親もかなり増加している。私が育児休業した2011年は、年間を通じて1402人だった。去年は、10月段階で育児休業した父親が2789人と急増している。育児休業者(6万4646名)の4.3%が父親であり、2013年10月末(3.2%)よりも1.1%ポイント上昇した。今は3000人あまりに至っているわけだが、2001年の父親の育児休業は、韓国全土でわずか2人だった。この10年間で、スーパーマン(【訳注】2013年から韓国KBSがバラエティ番組「スーパーマンが帰ってきた」を放送、パパ芸能人が「スーパーマン」として、ママなしでの子育てにチャレンジする内容が、視聴者の人気を集めている。)たちが本当に増えたのだ。

にこにことよく笑う、下の子ウニュ ⓒパク・ジニョン

にこにことよく笑う、下の子ウニュ ⓒパク・ジニョン

妻は、私が育児休業していた2011年に周りの人からずいぶんこんな言葉を聞かされた。「ダンナさん、いいところにお勤めなんでしょうね」。私を知っている人が聞いたらふき出しただろう。私は当時、ソウルで民主労働組合総連盟に所属する産業別労働組合に勤めていた。社会通念上のいい職場とは言いがたい。公務員の妻は、同僚に私の職業を正直に言うことがはばかられ、ただ笑ってやりすごした。韓国社会で女性であっても比較的自由に育児休業できる職といえば、公務員、公共機関の職員等、公的な仕事に携わる人々だ。私は彼らの想像の中で、教員や公務員、公共機関で仕事をしている人ということになった。私の職場は労働者の経済的、社会的権利を守り、改善することを目標とする労働組合だったから、男性の育児休業には比較的寛大だった。制度的には。

1年の育児休業を終えて復職すると、周りの同僚からは「ちゃんと休んだか」と声をかけられた。その言葉には、育児休業も「休業」だから「休み」なのだ、という考え方が深く根づいていたように思う。労働組合に勤める人々でさえそうなのだから、一般の職場だったらどうだろうか。私は軍隊よりも育児休業の方がずっときつかった。そんな育児がどう考えたら休暇になるのか。出産や育児のせいで労働者が使いものにならないと考える、企業や使用者の立場ならともかく!

ドイツでは「育児休業」という言葉の代わりに「親時間」という。当然、育児に対する認識や社会的な制度は、韓国と異なる。ドイツでは、労働者が労働時間を「柔軟」に調整できる。1日8時間さえこなせば、出勤や退勤の時間についてそれほどうるさくは言われることはない。企業が人件費削減のため非正規職員を雇ったり、簡単に解雇することを「柔軟化」と呼ぶ韓国社会とはかなりの違いだ。労働が柔軟であるために、韓国の労働者は煙突に上って立てこもり、他方ドイツの労働者は家で子どもの世話をするのだ。私たちはこの差をどうしたら縮めることができるのだろう。共働き時代のドイツでの最大の競争力は「夕方のある人生」だ。経済協力開発機構(OECD)の2012年調査を見ると、ドイツの労働者は年間1317時間仕事をしている。年間2092時間働いている韓国の労働者に比べれば、なんと775時間も短い。1年で97日、1日に換算すると3時間ほどドイツの労働者の労働時間のほうが少ない。そのぶん、母親と父親が一緒に子どもの世話をするのである。

パパの育児がどうして関心を引くのか。いくつか理由があるだろう。かつての大家族時代であれば、父親が育児に参加しなくても、おばあちゃん、おじいちゃん、おばさん、おじさんなど、子どもの面倒を見る人は大勢いた。当時は、二人目が生まれると自然に最初の子の世話はおばあちゃんの役目になった。今のような核家族時代では、父親の代わりになる人がいない。二人目でも生まれようものなら、周囲の助けなしに母親が仕事と育児を両立することは、不可能に近い。「お父さん効果」という言葉もある。多様な人格と親密にかかわることで、子どもの発達や人格形成に非常に肯定的な効果が生まれるのだ。パパの子育ては、子どもと母親にとって相当に必要というわけだ。私は加えて、父親にとっても相当に必要なことだと考えている。「パパの子育て」は、名前だけの父親ではなく、真の父親になるプロセスなのだ。

上の子のユンスリは6歳だ。去年7月に二人目のウニュが生まれた。二人とも男の子だ。二人目が生まれると、多くの人から上の子がやきもちを焼かないかと聞かれた。親の目の届かないところで上の子が下の子をつねったり、意地悪をするという経験談もずいぶん聞かされた。上の子のユンスリは、下の子が生まれても嫉妬したり、意地悪したりは全くなかった。むしろ「ママはウニュの世話でいそがしいんだよね」と理解を示す、心の広いところを見せてくれた。「ユンスリには、パパがいるもんね」と必ず付け加えて。上の子をお風呂にいれ、寝かしつけ、面倒を見、遊ぶのは全面的に私の役割だ。下の子が生まれる前からそうだった。寝るのも二人一緒だ。

ソウルより済州が好きという上の子のユンスリ。ⓒパク・ジニョン

ソウルより済州が好きという上の子のユンスリ。ⓒパク・ジニョン

そんなふうになるきっかけは、1年間の育児休業だった。表向きの育児休業ではなかった。妻が出勤してしまうと手伝ってくれる人は誰もいない。妻は子育てのすべてを全面的に私に委ねた。自分が完全に子どもの責任を負うという経験は、大きな変化をもたらした。子どもをおんぶしてシンク前に立ち、スープにご飯を入れて間に合わせの食事をすることも日常茶飯事だった。1時間ほどあやしたり、なだめたりして、ようやく眠ったと子どもを横にすると、背中にセンサーでもついているのかすぐに目を覚まされて困り果てたことも一日二日ではなかった。離乳食を食べたがらず、違う材料にしたり料理法を変えたりした。それでも、食べたくないと泣いて離乳食を吐き出すので、脂汗が流れたこともあった。そうした経験のすべてが、母親としての妻をより深く理解させてくれた。立派なママに引けを取らないほど経験値も上がった。我が家では、なぜ女性だけが育児や家事に縛られなければいけないのか、という長年の疑問はあてはまらないと言い切れる。

育児休業を経験できたことは、今思うと非常にラッキーだった。たくさんの父親が育児休業をして、全面的に子どもに責任を負う経験をするべきだろう。私は育児休業のあいだ、まわりに同じような立場の父親がいたらどんなによかったろうと思っていた。スウェーデンでは、父親の育児休業割当制というものがある。両親が合わせて16か月(480日)まで育児休業をとることができる。うち60日は、必ず父親が使わなければならない。父親が育児休業しないと、休業期間は14か月(420日)に短縮される。だから父親たちの休業はあたりまえのことなのだ。ある日刊紙で、スウェーデンの父親が「同時期に休業したパパ友3人でティータイムをするのがとても楽しい」と話しているインタビューがとても羨ましかった。

我が家は昨年1月に済州島に移住した。1、2月は上の子と丸一日過ごした。済州のあちこちに出かけて楽しかった。いつ、こんなふうに二人きりで時間を過ごすことができるだろう。幸せな時間だった。3月から子どもは保育園に通うようになり、私ひとりの時間だった。もちろん、家事は私の役目だった。7月末に二人目が生まれると、妻の産後の世話も僕がした。食事からありとあらゆることまで。10月からは生活協同組合・ハンサリムで仕事を始めた。済州にきたら協同組合で仕事をしたい、と希望していたし、ハンサリムで働く人々の大部分が子どもを持つ母親だという点も気に入った。給与はソウルの頃よりずっと少なくなった。ソウルの生活との違いがあるとしたら、通勤時間が短くて(15分で往復30分)、特別なことがないかぎり残業も殆どない点だ。妻は、軽くなった給料袋を残念がってはいたが、一方で、私がソウルにいた頃よりゆったり時間を送っていることには満足している。最近ではさらに一歩踏み込んで「あなた、仕事に行かないでただ家にいたら」と口にする。妻の言葉に一瞬、心が揺れた。私も、今は子育てのほうに集中しているが、やりたいことは多い。子どもとは別の自分の人生もある。かわりに育児休業を3か月ほどとるつもりだ。育児休業は子どもをよく理解し、親密な関係を築くのに一番いい方法だからだ。このつぎは子育て中のパパを積極的に探してみよう。済州で私といっしょに子育てを楽しもうというお父さん、どこかにいませんか。  (2015.01.15)

この週末は家族で暁星岳へ出かけた ⓒパク・ジニョン

この週末は家族で暁星岳へ出かけた ⓒパク・ジニョン

文:パク・ジニョン/ハンサリム済州組織活動家

原文(韓国語): http://www.pressian.com/news/article.html?no=123186

翻訳:コリチーム/小山内園子