3月 142016
 

「長寿の島」済州の秘密が気になりますか?

済州島に来て、生まれて初めて家庭菜園づくりをした。昨年の春、「ハンサリム」で家庭菜園参加者を募集した。ハンサリムの生産者が直接来て、家庭菜園初心者に、環境にやさしい有機農法を実習を中心に教えてくれると言う。私もそれに参加した。済州農業技術センターで帰農帰村教育を行ってはいるが、理論教育が主であるため、農業に初めて触れる者には、聞いても何の話かよくわからない。私もやはりそうだった。「ハンサリム」は、生産者が、実習中心に環境にやさしい有機農法を教えてくれるというので、「よし、これだ!」と思って参加した。

直接やってみると、環境にやさしい有機農法とは、土地を汚染する農薬や化学肥料を使わないのはもちろん、化石燃料で動く機械を使用しないものだった。昔の農民たちのように、コルゲンイ(済州島では草取り鎌をコルゲンイと呼ぶ)たったひとつでコムジル(済州方言で雑草)を刈る、体を張った「伝統」農業だった。

自給自足のロマンを抱いて家庭菜園に飛び込んではみたが、ロマンと現実はいつも別物。季節がめぐって再び春が来た。昨年の春に家庭菜園を始めた面々のうち、今年まで「ハンサリム」家庭菜園づくりをしているのは、私ただ一人だけだ。もちろん、中には「ハンサリム」家庭菜園まで含めて共同家庭菜園づくり4年の修練を経て独立した人のケースもある。職業上、一定の時間に参加すること自体が難しく、最後まで一緒にはできなかった人もいた。だが、農作物を育てに来た多くの人々は、コムジル(雑草)を引き抜き、引き抜きしているうちに、自分が家庭菜園から引き抜かれてしまった。少し大げさに言えば、ひとつの畝からコムジル(雑草)を引き抜いたころには、別の畝からすでにコムジルが生えてきていた。

田舎で農薬を使わずに家庭菜園づくりをすると、通りかかった農民があちこちに生えた雑草を見て同情し、除草剤をさっさと撒いていったという話も聞いた。私たちは「ハンサリム」の店の前の空き地で都市家庭菜園づくりをしてみたところ、生い茂った雑草に同情する農民がいなかったからか、幸運にもそのようなことはなかった。

この3月中旬、家庭菜園の参加者たちと畝を作る様子。ⓒパク・ジニョン

この3月中旬、家庭菜園の参加者たちと畝を作る様子。ⓒパク・ジニョン

草刈り鎌だけでは「雑草との戦争」に勝てる見込みはないため、マルチング(雑草が育たないように土を覆うこと)を行う。農業では、ビニールマルチングはほぼ必須だ。ビニールマルチングは、有機農法で農業を行う畑でも例外ではなかった。台風でも来た次の日には、済州の田舎あちこちで黒いビニールに悩まされる。私たちは石油で作られたビニールの代わりに、段ボール紙や新聞紙で土を覆ったり、畑で抜いた雑草や収穫後に余った副産物で土を覆ったりした。農作物を利用した方法も使った。例えば、小麦を撒いて雑草が生えにくいようにして、ほかの作物を植える前に耕して堆肥と除草を一度に解決する方法だ。

このような方法は、すべて、先駆的な「ハンサリム」生産者や、有機農業を実践する農民たちが行ってきた。「ハンサリム」済州の家庭菜園の先生であるオ・ヨンスク氏は、ご自分の農場である「自然の友達生態家庭菜園」でビニールを使わない、素朴で続けられる農業を行っている。2009年には、「ハンサリム」ではビニールマルチングを行わずに育てたカボチャサツマイモ(訳注:中身が黄色くて甘みの強い、サツマイモの品種)が消費者に初めてお目見えした。忠清南都洪城郡洪東面のチェ・ヨンマン生産者が育てたサツマイモだった。初めからビニールを使わない農民もいた。全羅北道扶安「サンドゥルパダ共同体」のチョ・チャンジュン氏は、20年あまり土をビニールで覆っていないという。

済州島で家庭菜園づくりをすれば、一年中サム用野菜(訳注:サムとは味噌や米飯を生野菜等で包んで食べること)や生野菜を食卓に出すことができる。温暖な天候のおかげだ。私もこの冬には、家庭菜園づくりをしながら、様々なサム用野菜やブロッコリー、コールラビ、ほうれん草、越冬白菜、越冬大根などを収穫して食べた。陸地では、冬は寒さのためにサム用野菜や他の野菜を栽培することができない。ヒョン・トングァン済州ハンサリム生産者事務局長は、「済州ではまめな人なら年中いつでも家庭菜園づくりができるので、自分の食べるものを自分で育てることができる」と話した。

済州島では家庭菜園を「ウヨンパッ」と呼ぶ。地面に石が多いので、土を盛り上げて家庭菜園を耕した。家の一番奥に家庭菜園を作る。それぐらい済州の人々にとって、家庭菜園は重要だった。ウヨンパッの野菜は、家族以外には誰も勝手に触ることはできなかった。済州では、ウヨンパッから採れた野菜が一年中食卓を飾った。ヤン・ヨンジン済州郷土飲食保存研究院長は、「古代エジプトで貴族たちが野菜に塩をふって食べたのがサラダの起源となった。西洋の人も、今のように大衆的にサラダを食べるようになってからそれほど経っていない」と言い、「数百年前から済州島の人々は食事のたびに生野菜を食べた。済州島の食文化の中でも自慢に値する」と強調した。米が貴重だった済州では、雑穀に生野菜と味噌で構成された飾り気のないメニューを好んだ。健康食であった。それで済州は「長寿の島」だったのだ。

昨年の夏、息子ユンスリがナスとズッキーニを収穫して喜んでいる様子。ⓒパク・ジニョン

昨年の夏、息子ユンスリがナスとズッキーニを収穫して喜んでいる様子。ⓒパク・ジニョン

今年6歳になる息子は、昨年から、保育園が終わるや否や家庭菜園に行こうと駄々をこねるようになった。家庭菜園に行けば、茄子、きゅうり、トマトのような野菜だけではなく、すいかやまくわ瓜のような果物も見ることができる。この春に家庭菜園に植えたとうもろこしは、茎が太く、粒がびっしりと実った。息子は収穫する楽しみ、見る楽しみで、家庭菜園に行くことを「子供の遊び場」よりも楽しんだ。しばらく後には、はじめから保育園のバスが家庭菜園まで直接やってきた。息子は野菜や果物を食べながら、種を目にすると必ず植えようと言った。芽が出て花が咲き、実がなると嬉しそうに話した。そんなある日、妻が「その種は改良種だから植えてもちゃんと育たない」と言った。もちろん、妻は子供に聞こえるような大きな声では話さなかった。だが、私は、誰かに頭の後ろを殴られたかのような気分だった。

種子会社が作った改良種の宗家’F1’は、種を採って育ててもまともに育たないようになっている。オ・ヨンスク氏は「農民たちが種を採って作物を育てると儲けにならないから、採種ができないように改良されて出荷される」と言い、「病虫害に弱く、地域に土着化した種子ではないため、化学肥料や農薬がなければ育たない」と指摘した。しかも、韓国の種子会社の70%が多国籍企業の傘下にある状態である。農家では多国籍種子会社に高いロイヤルティを支払って種を植えている。「農業主権」が失われた時代、多国籍種子会社は巨大資本を基に種子や農薬、化学肥料を一まとめにして莫大な利益を上げている。

昨年、済州ハンサリムの生産者たちは、丹精こめて育てた苗を快く家庭菜園づくりの集まりに譲ってくれた。そして、苗と、オ・ヨンスク氏が手に入れてきた済州の在来種のタネを家庭菜園に植えた。茄子、かぼちゃ、唐辛子、きゅうり、とうもろこし、すいか、まくわ瓜、ほうれん草などだ。サイズは小さく、形はでこぼこだが、非常に美味しかった。農薬や化学肥料を使わない家庭菜園づくりには、種も当然在来種が似合う。この当然のことを悟るまで、恥ずかしながら一年かかった。

しばらく前に「ハンサリム」家庭菜園づくりの3期目を始めた。18名の都市農民が集まった。一人で家庭菜園づくりを3年間行ってきたベテランもいた。彼らと一緒に、すべての作物を今すぐに在来種のタネで植えるわけにはいかないが、徐々に増やしていく考えだ。

小規模農家が中心となった有機農と、在来種の種に関心を向けなければならない理由は、安全な食物にのみあるのではない。多くの人々が「金儲けが中心となった産業農業を廃止しなければ、農業の未来と人類の未来は無い」と警告している。単一作物を大規模で栽培する産業農法は、病虫害や自然災害などに弱い。農薬や化学肥料を過度に使用し、化石燃料にも大きく依存している。エネルギーの枯渇、地球温暖化、水不足、土壌や海洋汚染、遺伝子かく乱も大規模産業農法と無関係ではない。化石燃料の枯渇に備え、地球温暖化を止めるためには、農業と食卓の転換が切実だ。

家庭菜園の参加者が済州女性農民会に出向き、直接在来種の種を貰ってきた。ⓒパク・ジニョン

家庭菜園の参加者が済州女性農民会に出向き、直接在来種の種を貰ってきた。ⓒパク・ジニョン

種子会社の大部分が多国籍企業の傘下となり、政府が在来種の種の保存に無関心でいる間に、継承されてきた在来種の種はだんだんと求めにくくなってきた。このような状況で、在来種の種を取り戻そうとする努力が全国のあちこちで繰り広げられた。「済州島女性農民会」は農家を直接訪問し、残っている在来種の種を探して記録した。その記録が『済州島ウヨンには在来種が育つ』だ。また、「済州種子図書館」もある。物理的な空間に存在する図書館ではなく、オンライン空間での集まりだ。毎年春には在来種の種を分け合っている。家庭菜園の先生であるオ・ヨンスク氏は、在来種のとうもろこしを復元し、今年から種を普及させるため分かち合い販売も行う。ハンサリム生産者であるホン・ジニ氏は、在来種の種で育てたきゅうりと在来種のねぎを「ハンサリム」に供給している。消費者の選択が在来種の種を生かすことができる。

春がいちばん先に訪れる済州で、今年もよき人々と家庭菜園づくりを始めた。家庭菜園づくりをしながら感じる楽しさは、健康な食物のみにあるのではない。一緒に働く人々とともに汗を流す関係から来る楽しみも、大きな喜びだ。家庭菜園づくりをしてみると、雑念が消え、頭がすっきりしてくる気分を味わう。所謂「家庭菜園ヒーリング」だ。家庭菜園づくりの参加者のうち一人は、一人娘が大学に入って済州から離れたのに加え、セウォル号の惨事が起こって鬱々としていたが、家庭菜園づくりをしながら癒されたと言う。

家庭菜園づくりをしながら浮かんだ疑問がひとつあった。「人々は、家庭菜園づくりをすればするほど、農家が農産物を売って得る収益が少なくなるのではないか」という…。家庭菜園の先生に尋ねた。答えは次のとおりだった。

「わたしは、むしろ、農家に対する感謝の気持ちがたくさん生まれて、国産農産物の消費が増えると思います。以前は何も考えずにマートに行って外国の農産物を買ったとしたら、こんなふうに直接農業をしてみた人々は、フードマイレージを考えて『ローカルフード』を思い出し、国産農産物を購入することでしょう。農業で生計を立てる農家と手を組んで、共存の道を探るだろうと考えています。」

さあ、みなさんも、今度の春は、在来種の種で家庭菜園づくりはいかがだろうか?
(2015.3.31)

文:パク・ジニョン/ハンサリム済州組織活動家

原文(韓国語): http://www.pressian.com/news/article.html?no=125088

翻訳:コリチーム/原口美穂