12月 232009
 

12月23日に「第7回 希望の種を探そう」が開催されました。今回初参加された和田悠さんより、レポートをいただきました。

今回の「希望の種を探そう」では、2009年を振り返る話し合いが行われ、個人的なことから、「政権交代」などの政治的なことまで話題になったり、韓国の若者と日本の年配の方の間で「金大中」の評価をめぐり議論しているのが聞こえたり…と、意見交換も活発に行われたそうです。

イベントの後半は、韓国に帰国する直前のインターンのチョン・スヨンさんが日本での生活を発表してくれました。約10ヶ月間の日本での生活経験が映像と共に語られました。日本でのアルバイトの様子、そこでの人間関係、下宿先でのトラブル、京都への旅行など、スヨンさんが日本でいかなるつながりのなかで生きたのかを、そこで生じた葛藤をみすえて等身大に表現していました。

本人は最後まで個人的なことを話して何の意味があるのかと悩んだようです。たしかに個人的な経験ではありましたが、そこには一回性の生を真摯に生きる普遍性がありました。その勇気や感受性の鋭さに、スヨンさんの報告を聞く側は圧倒され、襟をただされる思いになりました。また、彼女のぶつかった生き難さは、何か、東アジアに生きる若者に共通する質をもっているという感じを報告をきいてもちました。

スヨンさんが真剣に日本社会で生きる、こうした経験が可能であったのは、スヨンさんが日本希望製作所につながり、桔川さんをはじめ信頼できる大人に会ったこと、仲間に出会えたからだと思います。大げさに言えば日本希望製作所は生存の根拠地だったのだと思います、彼女にとって。

日本希望製作所が日本に滞在する韓国の若者のあいだで認知度が高まり、気軽にアクセスできるような場所になることは大事なのではないかと思います。また、日本の若者にとっては、韓国に対して関心をもっている若者、単にショッピングだけではなく、日韓交流の要素をもった旅行をしたいという若者が立ち寄る場所、相談する場所、韓国に行っての旅行経験を持ち帰り、日本にいる韓国の若者と話し合う場所になって欲しいと思いました。それは、自己責任論を深く内面化し、日本を東アジアの座標軸のなかに位置づけることのない(だからこそ、自己中心的なナショナリズムを疑わない)若者にとって、異文化とつながることで自己と日本社会を再定義する貴重な経験の場となるのではないでしょうか。

そして、日韓の若者が混ざり、若者が若者を支える、そこに「先輩」が助言をする。歴史的経験に学ぶことは有益なのにもかかわらず、なかなか経験が共有されていないのです。そのことが現代を生きる難しさにもなっている気がします。

仲間づくりと歴史的経験の継承・共有、ここに日韓交流の意味と「希望の種」がある気がしました。

P.S.

イベントは日本語で行われたので、ハングルがまったく話せないことは問題にはなりませんでしたが、私自身が韓国語、韓国の文化を勉強していればもっと積極的に韓国の若者と交流できるだろうとも思いました。日本希望製作所のイベントを通じて韓国人の友だちをつくることができれば、韓国語を学び続けることができるかもしれないですね。