6月 292010
 

6月12日(土)に、第9回「希望の種を探そう」を飯田橋の事務所で開催しました。

日本希望製作所には、韓国人インターンや高校生インターンが活躍していますが、帰国する前には、「日本滞在のまとめ」という意味でも、発表をしてもらうことになっています。

今回は、慶熙(キョンヒ)大学NGO大学院に在籍し、3月から日本希望製作所でインターンとして活動をしてきたソ・ヒジョンさんに、日本での滞在経験で感じたこと、発見したことなどを発表してもらい、その後、「多文化交流は何を生みだす?」というテーマでディスカッションを行いました。

年齢も経験もさまざまな人たちの交流から、いろいろな意見が出されました。
当日の様子を、インターンのチョン・ジネさんが自分の感想を交えながら書いてくれました。

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★『第9回希望の種を探して』参加レポート★

チョン・ジネ

初夏の風に肌も汗ばむ頃、第9回の『希望の種を探して』の集まりがありました。

今回の集まりは、今年二月から今まで日本希望製作所で熱心にインターン活動をして下さった ソ・ヒジョンさんの発表でした。彼女が今までの人生や日本の生活で実感してきたこと、発見したこと、日韓交流についての発表を1部に、そして私たちが現在住んでいる多文化社会で、より発展的で多くの交流をつくるためにどのようにしていけば良いかについて各々の経験と意見を述べ合う時間を2部に設けました。

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1部のヒジョンさんの発表を聞きながら個人的に多くのことを感じ、知ることができました。
発表の始めを、自分の人生の試練について話を始めたヒジョンさんは、試練の中でどのような価値観を持ち続けてきたか、そして、その思いを実現するために何をしてきたか、さらに、これから何をしていくかについて話してくれました。

韓国だけでなくフィリピンや中国など海外での様々なボランティア経験を土台にした発表は、それ自体が私にとって新鮮でしたが、発表の中で語ったエピソード、「盗難にあった話」が衝撃的でした。
ボランティアに行った現地の倉庫で、保管していた物品が盗難にあう事件が発生し、その事件の犯人が子どもたちであったというエピソードです。

一見、小さい事件のように見えますが、「誰がこの子達が泥棒になるよう追いやったのか?」と考えると、とても小さな事件とは考えられなくなりました。結局のところ、貧困も、環境も、自ら選んだわけではないからです。
これ以外の無数のボランティア経験と、子どもの勉強部屋などの教育経験を通して、「人間らしく生きる」というのは何なのか、「人権」とは何なのか、について悩みながら大学院に進学することになったというヒジョンさんの発表を聞きながら、何不自由ない裕福な社会の中で将来の道を見つめ戦々恐々と生きている私は刺激を受けました。そしてまた、希望をもらいもしました。そのような考えをしているのが私一人ではないということ、そして一人ではないということから「希望は2倍、3倍にも大きくなるのだ」と感じることができました。

発表の終盤、一歩一歩が小さくとも、自分の行く道を黙々と進み続けるカタツムリの写真を一緒に見ながら、「そうだ、社会がいくら『はやく、はやく』と叫びながら変わっていこうと、私たちは価値を志向しながら例え遅くとも一歩一歩、前進していくことが大事なんだ。」と改めて心に銘じることができました。

(あ! 発表が終わった瞬間、私は自然に顔がほころぶのが自分で分りました。それは発表内容と発表者のヒジョンさんだけではなく、発表の通訳を担当していたミナちゃんとキョンナム君のおかげでした。希望の種を探すこの集まりにこんなに若い高校生たちが耳を傾け、一生懸命自分が持っている能力を出し切ってボランティアをしている姿をみて、胸がいっぱいになりました!なんと明るい社会ではありませんか!^^)

1部の発表が終わり、2部『多文化交流は何を生み出すのか?』では、班を何個かつくって班別で考えてみる時間を持ちました。
合計4個の班に分かれて進行し、多文化とはいったい何なのかという、概念的なことから、個人的に経験した多文化について、そしてその中で感じた感情的な部分はもちろん、アイデンティティーや価値観の衝突まで、幅広く、率直に打ち明けることのできる時間でした。

第二班に入っていた私は、メンバーの多様な経験と深みのある話を聞いて、「日本語をもう少し上手く話せたら良いな!」という刺激を受けるとともに、もっと広い視野をもたなければならないと思いました。
また、多文化ということについてもう一度考えることができました。事実、グローバル時代を生きてゆく私たちにとって『地球村時代』、『グローバル時代』という単語はありふれた単語であり、『文化を見つめる正しい視角は、文化相対主義である』、ということを学び育ってきたため、多文化を見つめる望ましいまなざしについては、十分な知識だけは持っていたと思います。
しかし、班毎の話を聞いてみて、知識と経験が違うことはもちろん、一つの例として、同じ英語をにもかかわらず、違う発音で生じるコミュニケーションの問題、多文化社会での個人のアイデンティティーの確立に対する部分まで深く考えることができました。

韓国で生まれ、幼い頃から日本に住み、そしてカナダでの留学経験を持つキョンナム君の話を聞いたとき、『自分は、どこの国の人間なのか?』というアイデンティティーに関わる話がテーマに上がりました。
一年間という短い時間、日本に住みながら、過去に「私は今、日本人のように変わりつつあるのだろうか?」という問いを自分自身にした経験があるので、「自分は、どこの国の人間か?」という質問が私にも同じく当てはまり、自分自身に同じ問いをしてみたり、多文化とアイデンティティーについて考えるようになりました。
いろいろな国家の、多様な文化のなかで生きていくことが、はかりしれないほどの大きな財産になるということは明白ですが、『自分がどこの国の人間なのか?』というアイデンティティーに関わる問題もあることに間違いありません。

この他にも多文化社会での色んな経験について、深く議論することができました。各班での意見交換が終わってから、発表内容を共有する時間をもちました。班毎に違う内容、例えば食問題に対する理解、多文化の定義など、多文化というテーマで様々な内容を展開できたことが分かりました。
互いに違う話題に対して議論した内容が次々と発表され、多文化というテーマがどんなに多く話題を提供してくれたのか、そしてそのような話題を限りなく提供できる参加者の能力がどれほど素晴らしいことか!感動するほど貴重な時間でした。

「希望の種を探そう」というイベントが、「次回の希望の種は何だろう?」、「次回の希望の種をともに探す人たちはどのような人たちなのだろう?」という期待が自然と湧き上がるようなイベントに成長し、希望の種が芽を出して一本の木に育ち、やがてたくさんの実が実る幸せを、ともに味わえるような人たちとの出会いの場にしていきたいと思います。

次回の『希望の種を探して』を期待していて下さい!
これからも多くの応援お願いします。

以下は、今回の『希望の種を探して』に参加した人達の感想ですが、皆さんにご紹介したいと思います。

*自分とは異なる価値観や考えの人になるべく多く接し、まずは互いが違うことを認めることからはじまるのだと思います。
「文化交流は人にはじまり人に終わる」
多様な価値観に寛容な人をなるべくたくさん増やすことが希望ある社会づくりにつながると思っています。

*多文化交流は違う価値観、違う眼から自分を見つめ直すという意味がありますが、どんな違いの中にも共通のものを見出せるということも大切にしたいとあらためて思いました。

*改めて“多文化交流”って何なのだろうなという事に対して考えさせられ、いい機会となりました。ありがとうございました。はじめのヒジョンさんの経験も今まで非常に多くの経験をしてきているらしくその1つ1つが大変参考になりました。ただ、多文化交流という今回のテーマに対してこの講演がどういった位置づけなのかという点がよくわからなかったです。もっと伝えたいテーマをしぼって、次のディスカッションにつながるような形にすればもっとよいものになったかなと思います。
今回はありがとうございました。

*今日は参加させて頂いて様々な人達と出会い文化という概念等について学べる事ができ、今までの人生についてまた考えることができました。また、他の人と主題について討論して自分の考えを話すことができる良い機会になりました。これからも高校生、大学生、大学教員、社会生活をする色んな人々との交流をしてみたいと思いました。

*日本に来て一年間生活しながら日本と韓国の行動や慣習の差を感じながら、これが多文化体験だと思いました。基本的には単に言語と文化の差だけではなく同じ国の人だとしても生活してきた経験によって色んな違いを持つことができると思います。新しいことを学び自分の考えを広げていくためには、差異を通して距離感をおくのではなく、心を開いてその差異点を理解していくことが多文化の理解に役に立つのではないかと思います。

*私が知っていた多文化交流は韓国と日本の交流程度だけでした。そして他に思った点といえば学校内や生活内で感じた事が全てでした。ですが、今日この様な交流を通して韓国と日本以外の食文化の差とビジネス社会で表れる文化の差異を知ることができました。希望製作所で色々な経験をした人々と一緒にお話ができて良かったです。

*留学生活しながらも多文化交流について深く考えたことはなかったです。グループの集まりを通して、多文化交流は自分と違う相手を理解して受け入れることですが、自分が知っていると考え固定してしまったイメージの通り理解してしまうのではなく、相手の意見をそのまま理解することが重要だということが特に心に残りました。